子ども歳時記150 絵本と“こども哲学”/篠原 紀子(『おなみだぽいぽい』 ごとう みづき/作、ミシマ社)

子ども歳時記『絵本と“こども哲学”』篠原 紀子

saijiki150
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この夏を、こどもたちはどのように過ごしたでしょう。夏休みが終わり、二学期が始まる時期、心が少しざわざわすることがあるかもしれません。

絵本講座の活動をしていて、「小学生になったので絵本は卒業」と言われたことが幾度もありました。でも絵本に卒業はない、ずっと友だちでいられると私は思います。不安な時、迷った時、絵本はいつもそばにいてくれます。

大きくなっても絵本に触れる機会を、という思いから“こども哲学”の活動に絵本を取り入れています。“こども哲学”とは、答えのない問いについて考えたことを、お互いに話し聞きあう場のことです。「自由とは?」「どうして学校に行くの?」「友だちは多い方がいい?」といった問いについてみんなで対話します。決して結論をどちらかに導くことはせず、大人もこどもと同じ目線で、普遍的な疑問について考え続けるのです。

昨年はじめた“こども哲学”の小さな会で『おなみだぽいぽい』(ミシマ社)を読みました。授業で先生の言うことがわからなかった「わたし」は誰もいない場所で泣いてしまいます。隠しておいた大好きなパンの耳も、今日はのどが詰まってうまく食べられません。涙のしみたパンの耳を天井の穴にむかって投げると、その塩気が好きな鳥がキャッチして、たくさん食べてくれるのでした。

この絵本を読んで湧いてきた問いを、こどもたちと話し合いました。「ぼくもこんな気持ちになることあるよ」「悲しいことがあった時どうする?」「泣いて気を紛らわそうとしたのかな」「何か問題が起こった時、解決しないといけないのかな」そんな会話のなかから「逃げるのは良いこと? 悪いこと?」という問いを見つけ、みんなで対話することになりました。

参加者の中学生は、小学校の時は学校がきらいでした。行きたくなかったけれど、学校を休む勇気はなかったと言います。学校に行くのは当たり前のことで、そこから自分が外れるのは不安だったからです。だから、学校に行かないと決めた子はとても勇気があって意志が強いと思ったそうです。

学校に行かないことは、一見すると逃げているように映るかもしれません。でも本当は自分自身と向き合い、立ち向かっているのかもしれないという意見があがりました。本当の気持ちを抑えて、みんなに合わせて学校に行くことの方が逃げているといえるかもしれない、そんな話でその日はおしまいとなりました。

絵本をきっかけに生まれた小さな問いから、さまざまな考えが萌芽します。答えのない世界へ、自らの力で分け入ろうとするこどもたちの眼差しに、私は希望の光を見ます。絵本はいつまでも、私たちにぴったりと寄り添っています。(しのはら・のりこ)

歳時記 篠原紀子
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