飫肥糺 連載137 うそが広がる社会。声を上げてほんとうのことをはなそう。『じじつはじじつ、ほんとうのことだよ』飫肥 糺

たましいをゆさぶる子どもの本の世界 137    飫肥 糺

うそが広がる社会。声を上げてほんとうのことをはなそう。
『じじつはじじつ、ほんとうのことだよ』

『じじつはじじつ、ほんとうのことだよ』
『じじつはじじつ、ほんとうのことだよ』

洋の東西で、政治権力者たちの吐くことばがおそろしくひどくなっている。

一年経っても停戦の兆しすらないロシア/ウクライナ戦争は正邪の区別がつかない情報戦でカオスのなか。戦禍に逃げまどうウクライナ市民の悲惨な映像は世界をめぐり、侵略者ロシアの多くの国民は虚偽だらけの大統領プーチンのプロパガンダに踊らされている。

あの、トランプ米前大統領のフェイク発言もすごかった。自分の意に添わぬメディアの報道はすべてフェイク(虚構・うそ)で切り捨て大衆を前に吠えた。今も再度の大統領登板を期してメディアに対峙する。権力者たちの虚実をないまぜにして語ることばの乱発に、良くも悪くもファクト(事実・ほんとう)は何かと調査報道を担うジャーナリストにファクト・チェックが欠かせなくなった。

日本の権力者たちも例外でない。2020年まで歴代最長の政権をにぎった安倍元首相はそれなりの事績を為したのだろうが、行政権の長だけでなく、立法権の長でもあると勘違いするほど権力を増長させて民主主義をゆさぶる負の事績も多数遺した。安保法制やモリ・カケ・サクラ等々だ。国会で政治資金収支報告不記載で問題化された「桜を見る会」だけでも虚偽答弁をおこなうこと118回、れっきとした衆議院調査局の調べである。国権の最高機関でよくもこんなに、うそをつきについたり。呆れてしまうではないか。これだけではない。長期政権がつづくなか与党ばかりではないが政治家のことばはどんどん軽くなる。語義を極端にせまくとらえて論点をはずしてはぐらかす「ごはん論法」まで生まれた。

今もトランプ旋風が吹き荒れるアメリカでは、J・ウィンターが絵本『じじつはじじつ、ほんとうのことだよ』を著している。言論抑圧がみられるようになって権力に忖度するメディアがでてきた日本の現況にも一石を投じるかのような作品だ。

永く権力に正しく抗して報道現場に立ちつづける金平茂樹が日本語訳を担う。原作は”THE SAD LITTLE FACT”。FACTを擬人化して語る物語のようだがジャーナリスト金平らしく直球でFACT=事実と訳しているのが児童読者には少し読みづらく思える。一方で、読み手にも直球で伝わる力を生むかもしれないなと納得する。

一見小さな事実の集積が世の中を動かす。前進も後退もする。物語の主人公「じじつ」くんは小さなかなしい事実をかかえて、広くその事実を伝えたいと希うけれど、あれやこれやの抑圧傾向にある現代社会では、「そんなこと、うそだろ」「信じられるか」などとぞんざいにあつかわれる。「じじつ」くんの前には政治権力者だろうか、えらそうな連中が現れて、事実を事実じゃないと認めろと命令する。言語道断だろう。

うそをつけない「じじつ」くんは、当然のようにことわる。ことわると連中は怒りだす。「じじつ」くんを大きな箱に投げ入れ土中に埋めてしまうという実力行使にまで出てしまうではないか。

こんな具合にはなしは面白く展開する。箱の中にはいろいろな事実をかかえた仲間たちでいっぱいだった。

そのころ地上では、えらい連中がうそを事実といつわって撒き散らしていた。そこに連中をおそれない勇敢な人びとが立ちあがる。みんなで大きな声をだす。強く発言する。「じじつ」くんたちの救出にも成功する。かくして、明るい青空のもと、「じじつ」くんたちは「事実は事実、ほんとうのこと」と大きな声で叫びはじめるのだった。

うそはだれでもつく。つかざるをえないうそもあるだろう。仏の教えでは、うそも方便といい、大きな善行のまえでは偽りも認められるという。それと権力者たちのひどいことばの乱発は次元が異なる。うそやまやかしのことばがまかりとおる国政舞台の実際はまっぴらごめんにして欲しい。だってそうだろう。うそまみれの実際を子どもたちが知ったらどう思うだろうか。(おび・ただす)

 

『じじつはじじつ、ほんとうのことだよ』
ジョナ・ウィンター/ぶん
ピート・オズワルド/え
金平茂紀/やく
イマジネイション・プラス