子ども歳時記142 読書は苦手ですか?/松本 直美 『獣の奏者』(上橋菜穂子/著、講談社)

子ども歳時記142 読書は苦手ですか?/松本 直美 『獣の奏者』

 

『獣の奏者』上橋菜穂子/著、講談社

またのめりこんでしまった。こうなることも分かっていたのに。止まらなくて全巻プラス外伝まで。獣の奏者』(上橋菜穂子/著、講談社)。初めてこの本を読んだ時は巻で完結という事でしたが、読み終えた時、続きが読みたくて読みたくてたまらなくて、でもそんなものは存在せず、仕方ないのでまた最初から再読したのでした。そんな読み方をしたのはこの作品だけです。年後3~4巻が出た時はその冊とも購入した上でまた巻から一気に読み終えて、余韻に浸ったものでした。

 

作者の上橋菜穂子さんは文化人類学者でアボリジニの研究でフィールドワークの経験もあってこの世界観の物語を生み出されました。2014年に国際アンデルセン賞作家賞を受賞されています。「小さなノーベル賞」ともいわれているその賞は、言語や文化の異なる11ヵ国から選ばれた選考委員によるものです。上橋作品は、現実ではない世界なのですが、根底のテーマに普遍性があり、細部にリアリティがあるので誰もが楽しめる物語だとも言われています。この物語が作者の頭の中で創作された架空の世界だということに驚いてしまいます。

 上橋菜穂子さんは、幼いころに父母からは寝床で物語をそして父方の祖母からは、たくさんの昔話を聞いて育ったということです。おばあちゃんは、自分も耳で聞き覚えたであろう、語り伝えられてきたお話をいくつも聞かせてくれました。しかもおばあちゃんは、私の反応を見ながら、先の展開をどんどん変えてしまいます。おかげで、私は、自分で本を読めるようになるまえに次はどうなるんだろうとワクワクしながら、物語を想像する楽しさを知ってしまったのだと思います。言葉の意味がわからなくても、ちっとも気になりませんでした」と『物語ること、生きること』(講談社のなかで、おばあさんのことを書かれています。

 読書が苦手だと思っている多くの人はもしかしたら、わからない言葉に出くわした時にそのひとつひとつに引っ掛かり、物語を思い浮かべられずに話を読み進められなくて挫折するという体験を繰り返しているのかもしれないですね。また読書に不得手感がある人ほど読み始めた本を読破しなければならないのに出来ないと思い込んでいるような気がします。本の中に入り込めない面白いと思えないなら、その本は脇に置いて次の本を読めばいいのです。その本との相性やタイミングが悪いとでも思えばいいのです。これから読書を楽しめるようになりたい人には、最近は映像化やマンガ化された作品も多いので、好きな作品の原作の本読み易く、おすすめかもしれないですね。また、大人の心に響く絵本も増えていることですので、絵本から体験されてみるのもいいかもしれません。

 

(まつもと・なおみ)

子ども歳時記129『木を植えた男』松本 直美

松本 直美
松本直美
木を植えた男
ジャン・ジオノ/原作、
フレデリック・バック/絵、
寺岡襄/訳、あすなろ書房

 昨年末、中村哲氏の訃報に衝撃を受けた。さらに、その一連の出来事について語り合いたい人が身近な日常生活圏に一人もいない! ということもまた。(職場でこの話は「重くて」「浮いてしまう」だろうことも、想像できた)。

 月1回大人に絵本を読む会を開いている。その日を待っている間に遠方に住む友人から「中村哲氏が福岡に帰り着きましたね。南西にむけて手を合わせました」との葉書が届いた。人と語り合わないまま自分の中で中村氏の生きざまを追う中でふっと、思い浮かんだ本がある。本棚の奥深くから探し出し、買った時以来久しぶりに手に取って開いてみた。やはり、中村哲氏に通じるものがある。『木を植えた男』(あすなろ書房)である。次の絵本の会で読んでみようかと下読みがてら、試しに時間を計ってみた。だめだ音読30分以上かかる。長すぎる…… とは言うものの紹介はしたいのでこの本も持っていくことにする。

 そうこうしている間にも新聞には様ざまに中村氏の記事が続く中、こんな投書文を目にした。
“医師 中村哲氏は、戦乱と干ばつのために荒廃したアフガニスタン東部でNGO「ペシャワール会」の現地代表として無償の医療活動を始めて35年。並行して井戸を掘り水路を造るという活動がペシャワール会会報で報告されている”とのこと。ここまでは、聞いたことがあった。が、この先は知らなかった。“昨夏発行の会報には「植樹100万本達成!」とのトップ見出し。”中村氏は、本当に「木を植えた男」でもあったのだ。

 この切り抜きと共に、長いから読みませんが、と紹介した絵本の会では、長くてもいいから「読んで」「読んで」の声に支えられ結局30分以上かけて、読んだのでした。この日頂いた感想には、中村哲さんを偲ぶ会になりましたね。この本忘れません。充実感ある会でしたね。改めて絵本の力と価値を実感しました。等の言葉をいただいた。

 医療よりもまずきれいな水が飲める環境が必要であることや、仕事があって食べていけることこそ平和への原点であり、必要なのは武力ではないことを実践、発信してこられた中村哲氏と、その長年の活動を見守り支え続けたご家族や、仲間の方々の胸中を思いつつ。

 これから大人になっていく人たちに、出会ってほしい本がある。故かこさとし氏をはじめ、20歳前後に敗戦を体験された方々は、その日を境に起きた価値観の反転に衝撃を受けるとともに贖罪の想いや後悔を抱えてその後を生きた方も少なくない。なぜ言われるままに信じてしまったのだろう。なぜ自分で調べて、考えて判断しなかったのだろうと。

 繰り返さないために、語り継ぎたいことがある。希望をつなぐために知っておきたいことがある。
(まつもと・なおみ)