遠い世界への窓

東京大学教養学部非常勤講師
絵本翻訳者

 

新連載

遠い世界への窓

第9回の絵本

『商人とオウム ペルシャのおはなし』

商人とオウム ペルシャのおはなし

『商人とオウム ペルシャのおはなし』(ミーナ・ジャバアービン/文、ブルース・ホワットリー/絵、青山 南/訳、光村教育図書)


 『商人とオウム』の主人公は、表紙にも描かれている色鮮やかなオウム。頭と体は、オレンジがかった赤色で、羽の先は黄色、そして、長い尾は、目の覚めるようなペルシアン・ブルーです。オウムは、優雅に暮らしていました。飼い主の大金持ちの商人の店は、色とりどりのタイルに囲まれていて、オウムはその店の中で、ぶらんこが三つもついた、大きな金色のかごに住んでいたのです。

 オウムは美しいだけでなく、すてきな歌声で歌うことも、人間の言葉を話すこともできました。豪華な金色のかごも、外国から来た商人たちにオウムが声をかけて、店の商品を丸ごと買い上げてもらったご褒美でした。

 でも、オウムは幸せではありませんでした。ふるさとのインドの森で、むかしのように自由に飛び回りたい、といつも思っていました。あるとき、商人がインドへ出かけることになりました。妻と娘に素晴らしいお土産を約束した商人は、オウムにも何が欲しいかと尋ねます。オウムは答えました。《森で、わたしみたいなオウムが自由にとんでいるのをみたら、つたえてくださいな。わたしはとおいところにいるが、みんなといっしょにもういちどとびたい》と。

  『商人とオウム』は、この絵本の作者ミーナ・ジャバアービンが生まれたイランの公用語ペルシア語で書かれた有名な古典詩に出てくるお話です。ペルシア語でも『商人とオウム』の絵本はいくつも出版されていますが、ペルシア語を話す人々にとって、このお話は、何よりも詩で語り継がれてきた物語なのです。だからこそ、むしろ遠く離れたアメリカで、鮮やかに彩られた絵本に生まれ変わったのかもしれません。現在はカリフォルニアで暮らす原作者のミーナは、やはりペルシア語の古典詩にうたわれたお話『くらやみのゾウ――ペルシャのふるい詩から――』(ユージン・イェルチン/絵、山口文生/訳、評論社)も書いています。

 さて、インドを訪れた商人は、オウムからの伝言を、森に住むオウムたちに伝え、金色のかごのことも話してやりました。その言葉をじっと聞いていたオウムたちの一羽が、突然すとんと、木の枝から落ちました。それにつづいて、仲間のオウムたちも、次から次へと枝から落ちると、みな足を空に向けて地面にころがったまま、ぴくりともしなくなったのです。

 ペルシア語古典詩の原作では、ただ一羽のオウムが枝から落ちて動かなくなったと、そして、商人はその様子にひどく心を痛めたと書かれています。でも、この絵本では、濃い緑のうえに、色鮮やかなオウムたちが何羽も横たわっている絵に目を奪われます。なぜオウムたちは、枝から落ちて動かなくなってしまったのでしょうか。そして、このことを商人の口から聞いた、金色のかごに住むオウムは、何を思ったでしょうか。オウムは、インドの森へ帰ることができたのでしょうか。

  絵本のさいごに、商人が店を構えるバーザール(バザール)の天井穴が描かれます。伝統的なバーザールは、無数のドームがつながった屋根に覆われた通路が縦横無尽にはりめぐらされています。各ドームの天井部には、穴が開けられ、雨風をしのぎながらも光をうまく取り入れる合理的な建築構造をもっています。

 現在、原作者ミーナのふるさとであるイランは、トランプ大統領の経済制裁強化を受けた経済不安に見舞われています。これに端を発したストライキの中心のひとつが、バーザールです。インドのオウムはいないかもしれませんが、経済の中枢として今なお大きな力をもっているのです。
(まえだ・きみえ)


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