遠い世界への窓

東京大学教養学部非常勤講師
絵本翻訳者

 

新連載

遠い世界への窓

第7回の絵本

『わたしも水着をきてみたい』

わたしも水着をきてみたい

オーサ・ストルク/作、ヒッテ・スペー/絵、きただい えりこ/訳、 さ・え・ら書房

 ヨーロッパに近いある国で二週間ほど暮らしたときのこと。言葉はあんまり通じなかったけど、迎えてくれる人たちもあったかくて食べ物もおいしいし、街も緑がいっぱいで、本当に素敵な時間を過ごしました。ただ、たった一つだけつらかったのが、家の中で靴を履いていなければならなかったこと。これを読んでいるみなさんは、きっと分かってくださると思います。だって家に帰ったら、くつを脱いで、靴下をぬいで、ぺたんとカーペットやたたみに座ったり、ごろんと寝転んだりしたいですよね。

  生活スタイルや習慣の「違い」って、いろんな解説をすることはできますが、当の本人たちにとっての、心地良さや悪さは、リクツではないと思うのです。日本のことだって、「今でもホントに二本の棒でご飯食べてるの? いったい、何のために? 」と真剣に聞かれたり、「どうやって一万個もの文字(漢字)を覚えるの? ものすごく非効率じゃない? 」とあきれられたり、死後の「火葬」に至っては、「日本みたいにテクノロジーの進んだ国で、そんな野蛮なことしてるなんて! 」と非難されたりすることも珍しくありません。

 『わたしも水着をきてみたい』に出てくる主人公のファドマは、シチリアオレンジみたいな赤色の愛らしいショールを被った女の子です。ファドマのなやみは、学校のプールの時間。ファドマは泳げないわけではありません。ただ、泳いだことも、水着を着たこともなかったのです。ファドマの家族は、ソマリアから、スウェーデンへの移民です。アフリカ東部の国ソマリアは、イスラーム教徒の国。それが、ファドマが学校の授業で水着を着ない理由でした。女性は近親者以外の男性の前で、髪や体を露出してはいけないという宗教的な戒律がある――と言ってしまえばそれまでですが、絵本では、ファドマの目線と気持ちに寄り添って、この問題を描いています。

 「家でプールの授業の話をしてみたことがあったけれど、 お父さんもお母さんも、ファドマのいうことを ちっとも信じてくれなかった。 クラスのみんながいっしょにおよぐなんて。 男の子と女の子がいっしょにおよぐなんて! 」

 学校でみんな一緒に水着になって泳ぐなんて、見たことも想像したこともない……という、ファドマのお父さんとお母さんのとまどい。そんな両親の気持ちを十分に理解しながら、ファドマはクラスメイトたちがプールに飛び込んではしゃぐ様子に惹かれていきます。

 この絵本のすごいところは、だれもファドマに、「あなたもみんなと一緒に泳ぐべきだ」とか、「男の子が一緒に泳ぐことを気にするべきではない」とは言わないところ。彼女と彼女の文化がもつ価値観をジャッジすることはしないのです。 代わりに、先生が誘ってくれた「女性と女の子たちのための水泳教室」で、ファドマは初めて、水の中で体を動かして遊ぶ楽しさを知ります。大河のように波打つプールの水にひたって、うっとりした表情を浮かべるファドマ。ファドマがいちばん心地よく、そして、彼女らしく楽しめる方法が、これからも見つかるといいね、と声をかけてあげたくなります。

 「訳者あとがき」では、きただいえりこさんが、スウェーデンで出会った魅力的なイスラーム教徒の女性たちのこと、そして、学校でのプールの授業に参加できない女の子たちには、「水害から命を守るため」に、女性のみの水泳教室への参加を義務付けるという行政の取り組みが紹介されています。 もうすぐ、プール開きの季節ですね。
(まえだ・きみえ)


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