遠い世界への窓

東京大学教養学部非常勤講師
絵本翻訳者

 

新連載

遠い世界への窓

第5回の絵本

『フルーツちゃん!』

フルーツちゃん

ハミード・トラーブリー 作・絵
愛甲恵子 訳
ブルース・インターアクションズ

 「テロ支援国家」という言葉を聞いたことがありますか?テロ活動を行っていたり、テロ活動を支援しているとされる国家のことで、現在は、シリア、イラン、スーダン、北朝鮮がリストアップされています。
(ちなみにこれらの「指定」を行うのはアメリカ国務省です。)

 2018年イヌ年にちなんでご紹介する『フルーツちゃん!』は、この「テロ支援国家」と言われることもあるイランで出版された絵本です。
とは言っても、この表紙を見ただけで、ほっぺが緩んでしまいますよね。
そして、ページをめくるたびに、きっと吹き出してしまいます。
この絵本に登場するのは、フルーツで作られた、たくさんの動物たち!

  ネクタリンのからだの上に、小さな洋梨のあたまをのせて、かわいらしい待ち針の目をつけたヒヨコちゃん。
皮をむいたナスは、クジラに大変身。皮を巧みに切り取ったオレンジは、ヘーゼルナッツの目玉でカエルくんに化けています。
ほかにも、モモと青トウガラシのかたつむりや、ネギの八本足がくねくねしたタコ、そして、オレンジのかごにザクロの真っ赤な実を山盛りにした「ちいさなおくりもの」まで。

  ちなみに、表紙の子犬は、桃のお尻に洋梨のあたまがのっていて、青とうがらしのキュートなシッポがついています。
耳と足は、ミントの葉とラディッシュでできているんですって。

 おしゃべりを始めたばかりの赤ちゃんたちも、このフルーツの動物たちにはどういうわけかモーレツに反応してくれます。
そして、少し大きくなった子どもたちは、もちろん、動物を当てっこして、何の果物でできてるか、競争で当てっこします。
うーん、困ったな、だれも「読んで」くれない、と思っていても、この絵本の言葉のひみつに気づいてくれる子が必ずいますよ。


 「あおとうがらしが その背にね ピンクの ももを せおってる! (中略) ふたつが いっしょに なったなら ほらね、きれいな カタツムリ!」

  どんな果物で作った、なんの動物なのかが、歌うようなリズムでつづられた、「詩の絵本」でもあるんです。

  この絵本の訳者は、「サラーム・サラーム」の主催者のおひとりで、イラン絵本(ペルシア語絵本)の展覧会や翻訳をされている愛甲恵子さん。
愛甲さんは、『フルーツちゃん!』を「見立ての絵本」と呼び、イランには「不思議かわいい」絵本が、ほかにもいっぱいあるよと教えてくれました。
流木や石、葉っぱや種、ごちそうを食べたあとの肉や魚の骨。そんな身近でありふれたモノを、並べてたり、くっつけたり、色をぬったりして、動物たちに大変身させるシリーズもひそかに人気です。
ひまわりの種をたてがみにしたライオンや、貝殻のフクロウからは、「ぼくたち、こんなところに隠れていたんだよ」という声が聞こえてきそう。

 
 『フルーツちゃん!』の表紙の子犬を見ていて、思い出したことがあります。
まだ小さかった自分の子どもたちを連れて、遠い中東の国イランを旅したときのこと。
通りを歩いていくと、数十メートル行くたびに、りっぱなヒゲを生やした通りすがりのおじさんたちが、ニッコリ笑って子どもの頭をなでてくれました。
役所で用事をしている間は、警備員さんが子守をしてくれて、通りかかったおばさんたちが「これをお食べ」とお菓子やパンをくれました。
なんて優しい人たちばかりなんだろう、と思ったけど、いわゆる「おもてなし」とはちょっと違うみたい。
みんな、面白いもの見つけた!とばかりに、「まあ、東洋人の親子がいるわ。ねえ、どこから来たの?」と、いたずらっ子みたいに、ワクワクした目で話しかけてくれました。
面白いもの、いっぱい見つかる一年でありますように。    
(まえだ・きみえ)



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