遠い世界への窓

東京大学教養学部非常勤講師
絵本翻訳者

新連載

遠い世界への窓

第10回の絵本

『イライジャの天使――ハヌカとクリスマスの物語』

イライジャの天使

『イライジャの天使――ハヌカとクリスマスの物語』(ミーナ・ジャバアービン/文、ブルース・ホワットリー/絵、青山 南/訳、光村教育図書)


 平成も終わりに近づいた二〇一八年は、どんな一年でしたか? この絵本を、みなさんのクリスマスに捧げます。クリスマスだけでなく、ユダヤ教の祝祭「ハヌカ」にも。そして、去っていった年月への懐かしさや寂しさと、新年への静かな期待が入り交じる、日本の「年の瀬」にも。

 「イライジャ」は、「黒人のキリスト教徒で床屋さん」をしている、おじいさん。主人公のマイケルは、近所に住むユダヤ教徒の男の子です。毎日店にやって来ては、イライジャがお客さんの髪を切りそろえる様子をのぞき見したり、いたるところに飾られた木彫りの絵や像をあきることなく眺めていたりしています。木彫りはどれもみな、イライジャがひとつひとつ彫りあげたものでした。聖書に出てくる動物たちや天使たちの像があふれたイライジャの店は、「まるでノアのはこぶねのよう」。絵や像には、ていねいに色が塗られています。それらを描き出す、この絵本のイラストレーションは、ゴッホのような黄色や青が溢れ、静かな暖かさに満ちています。絵を手がけたアミナー・ロビンソンも、そして、物語を書いたマイケル・ローゼンも、子どものころ、たくさんの時間をイライジャの店で過ごしました。

 あるとき、マイケルは、ふと気づきます。自分とイライジャは違っている、と。肌の色も、信じている宗教も。ユダヤ暦に従って、おおよそ十二月に祝われるハヌカは、紀元前のエルサレム神殿奪還にちなむもので、「光の祭り」とも呼ばれ、当時の奇跡になぞらえて九本のロウソクが立つ燭台に火を灯します。

 クリスマスとハヌカが重なったある年のこと、マイケルは、イライジャから贈られた木彫りの天使像を、家にもちかえってよいものかどうか、思い悩みます。仲良しのイライジャが彫ってくれた天使は大事にしたいけれど、これは「キリスト教の天使」です。ユダヤ教はとくに偶像崇拝を厳格に禁じています。「家に偶像を持ち込むなんて」と、お父さんとお母さんは怒るにちがいありません。

 イライジャの彫った天使は、マイケルの背中ほどもある大きさで、艶やかな羽に水玉模様がついた美しい立像でした。イライジャの残した作品は、現在は三〇〇点ほどが、オハイオ州のコロンバス美術館に展示されています。でも、そんなふうにイライジャが有名になって、ギャラリーや美術館に作品が飾られるずっと前から、イライジャの店には、彼の木彫りの像が立ち並び、友人たちが買い求めたり、イライジャから贈られたりしていたのです。

 この物語にも登場する、イライジャの木彫りの絵のひとつには、 <奴隷の時代>という題名がつけられていました。そこでは、白人たちが取り囲む木に、しばり首になった黒人が吊るされています。アメリカの南部から、奴隷制のない北部へ黒人たちが逃げるための秘密ルートにある家が描かれ、秘密の部屋には黒人たちがかくれていて、上の階では白人たちがごちそうを食べています。事実、イライジャのお父さんは、ミシシッピで奴隷として働かされていました。

 さくまゆみこさんが翻訳されたこの絵本は、各ページの文章が長く、集団での読み聞かせには聞き手を選ぶかもしれません。でも、心の内側から明々と照らされるような絵とともに、心に深くしみわたる言葉に時間を忘れてひきこまれていきます。

  マイケルが持ち帰った天使像を見て、お父さんとお母さんはなんと言ったでしょうか。そして、天使像のお礼に、マイケルはイライジャに何を贈ったでしょうか。雪の降る、クリスマスとハヌカの物語です。
(まえだ・きみえ)


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