遠い世界タイトル

新連載

遠い世界への窓

第1回の絵本

『あたし、メラハファがほしいな』

  「遠い世界への窓」第一回の絵本――『あたし、メラハファがほしいな』から見えあたし、メラハファがほしいなるのは、北アフリカのいちばん西のはじっこ、砂漠と海に囲まれた小さな国モーリタニア、そして、イスラーム教徒の女性たちがまとうヴェールの世界です。舌をかみそうな「メラハファ」という言葉、わたしはこの絵本で初めて知りました。

 メラハファは、モーリタニアの方言で、女性が体をおおうヴェールのこと。インドのサリーみたいでもあるけど、ちがうのは、頭もいっしょにおおうところかな。宗教的なものであるとともに、民族衣装でもある。『あたし、メラハファがほしいな』は、おねえさんやおかあさん、おばあさんがまとうメラハファにあこがれる、女の子のおはなしです。

 女の子が着ている赤いワンピースと白い花のアップリケの、何とキュートなこと!そして、ページをめくるごとに現れる色とりどりのメラハファは、どれもはっとするほどあざやかです。白地に大きな花柄、ショッキング・ピンク、オレンジ、きいろ、エメラルド・グリーン。それらをまとった一人一人が、女の子が口にするあこがれ――「あたし、メラハファがほしいな。だって、ひみつめいてみえるもの!」、「おとなっぽくみえるもの!」、「おきさきさまみたいにみえるもの!」――を軽やかにはぐらかしながら、大切なこたえへとみちびいていってくれます。身近な人たちの手で、女の子の、大人の世界への最初のとびらが、しなやかに開かれるのが、何だかとってもうれしい。

 後ろにひろがるやさしい色の砂漠と、ポップな砂糖菓子みたいな土壁の家が並ぶ風景、そして、夕暮れどきの屋上で、はじめてのメラハファをまとい、おいのりのために、おかあさんとならんで立つ女の子。風になびくメラハファは、空へと飛び立ちそうなほど軽やかです。

 こんなにもステキな絵本なのに、わたしは初めてこの本を手にしたとき、ふつふつと疑いの気持ちがわいてきました。イスラーム教徒の女性たちのなかには、「ヴェールをかぶってないと落ち着かないわ」という人や、慎みや誇り高さのあらわれとして、優雅にヴェールを着こなす人たちもたくさんいます。日本で働いた経験をもつ、中東出身のワーキング・ウーマンは、「私たちの国では、ヴェールをかぶっていれば、職場で男女は対等なの。でも、日本はちっともそうじゃないわね」と言っていました。その一方で、ヴェールを嫌うイスラーム教徒の女性たちもいます。政治・宗教権力がヴェールを強制するなどの社会事情によるものです。あるいは、ヴェールなんてかぶらないし外出するときはミニスカートだけど日々の礼拝は欠かさない、という女の子たちもいます。そして、こんなふうに、国によって地域によって家庭や個人によって感覚がちがっているのは、それを取り巻く歴史的・社会的環境がそれぞれちがっているから。どれがより好ましく正しい態度なのかという問題ではないのです。

 はるか遠い国の別世界のおはなし、小さな読者たちにはむずかしいだろうな、と思っていました。でも、子どもたち、とくに女の子たちは、この絵本とすぐに仲良しになります。カラフルな絵と、ゆったりしたリズムに、低学年・中学年の子どもたちは上手に乗っていくんですね。そして、「くだものをたべる」コウモリが、あいきょうたっぷりにぶら下がっているのを見つけたり、「もう、夕方なんだね」と絵の中の日の傾きを感じ取ったりします。何よりおはなしのさいごに、メラハファのひみつ――メラハファは何のためにあるの?――の答えが明かされるのが楽しいみたい。

 モーリタニア研究者の友人で、この絵本の編集協力者でもある竹田敏之さんは、伝統を重んじながらも自由な気風あふれるこの国の社会について話してくれたとき、「(この地で暮らした、アメリカ人の原作者)クネインは、きっと、モーリタニアの人たちの中でここちよく過ごして、ここちよかったそのままを書いたのだと思います」と話してくれました。

 小さな読者たちも、モーリタニアの人たちも、いろいろと考えすぎていた私に、
「まあ、ゆっくり生きようよ」と教えてくれているみたいです。
(まえだ・きみえ)



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