我が家の子育ては・・ vol.4 胸がつまる絵本

我が家の子育ては・・・

~絵本フォーラム第128号(2020年01.10)より~ 第4回

胸がつまる絵本

 小学校4年生の時、息子は「人間は、死んだらどうなるの?」と聞いてきました。3人の子どもの中では、一番死や戦争といったことに敏感な子どもだったと思います。よく『戦争で死んだ兵士のこと』(小泉𠮷宏/作、ベネッセ)を読んでいました。この絵本は、戦争で死んだ若い兵士の人生が、1ページずつさかのぼって描かれています。線で描かれた小さな絵に、少ない言葉が添えられています。読みやすそうに見えるのですが、読んでみると、胸に迫ってくるものがあり、わたしには読書する息子の背中に、兵士の姿が重なって見えました。 中学生になる日が近づき、わたしは、この子は中学校でやっていけるだろうか……と心配していました。制服の採寸の時、試着した中学校の制服が、息子には全く似合いませんでした。ぶかぶかの制服を着て、息子は不安そうな表情を浮かべていました。

胸がつまる絵本2

 中学生になると、息子は野球部に入りました。練習はとても厳しく、最初は辛そうでしたが、続けるうちに、がんばれば何かしらの成果が得られることを体感したようでした。息子がどんどん野球に熱中していくのがわかりました。初めて試合を見たのは3年生になったばかりの春の大会で、息子は三塁手で出ていました。息子は誰よりも大きな声を出して、一球一球を真剣に追いかけていました。どれだけ野球を一生懸命やっているか、初めてわかりました。

 受験する高校を決める時期になり、息子はあちこち見学に行き、希望の学校を見つけて来ました。どうしてもその野球部に入りたいと言うのですが、そこはわたしが聞いたことのない、家から片道1時間半ほどかかる学校でした。正直なところ、わたしには野球部はどこも同じに思えましたし、朝の弱い息子が通いきれるとは思えませんでした。わたしは家から近い高校を勧めました。息子は、どうしてもその野球部でやりたいと考えを変えず、わたしたちは 毎日のように話し合いをしました。ある時「じゃあお母さんは、自分のやりたいことがある学校が遠かったら行かないの?」と聞かれ、わたしは自分もどんなに遠くても、やりたいことのある学校に行くな、と思ったのです。どの道に進んだら正解なのか、わたしが勧める学校に行ったら、息子は必ず幸せになれるのでしょうか。どの場所に行っても、幸せになれるかどうかは、本人の生きる力にかかっているのではないかと思います。わたしは息子に生きる力があるように願うことしかできないのだと思いました。

 息子は希望の高校を受験し、合格しました。制服を作りに行き、試着した憧れの学校の制服は、とても似合っていました。嬉しそうにそっと袖をなでたり、鏡をのぞいたりしている息子にわたしは「よかったね」と心の中で声をかけました。

 入学して野球部に入り、1週間ほどたったある日、家で息子とたわいもない話をしている時、わたしは何かがいつもとちがうと感じました。何だろう? わたしは息子と対等に話をしていたのでした。それまでは、わたしはお母さんだから、いつも上から物を言ったり聞いたりしていたのです。それがこの時初めて、一人の人間として対等に向き合っている自分に気がつきました。もちろんまだまだ一人前にはほど遠い子どもです。でも自分で決めた道で、これから頑張ろうとしている息子を、わたしは無意識のうちに認めたのかもしれません。

  『戦争で死んだ兵士のこと』は、今でもリビングの本箱に入っています。その前を通り、題名がちらっと目に入るたびに、胸がきゅうっとつまるのです。こんなことがありませんように。世界中のどこでも、こんな思いをすることがありませんように……。この本を見るたびに、心の中で祈っています。
(たさき・きょうこ)