飫肥 糺 連載116 森の盛衰から、 気候危機の現在を知る。

『森のおはなし』(六燿社)
飫肥 糺( 批評家・エッセイスト)

森のおはなし
マーク・マーティン作/
おびただす訳 /
六耀社

 もはや気候異常は気候危機なのだという。待ったなしの状況に人類は正しく行動できるだろうか。

 9月8、9日、ぼくの住む房総半島を台風15号がおそう。猛烈な暴風で半島に上陸した台風は電柱や樹木をなぎ倒し家々の屋根を吹きとばした。杉林の倒木も被災に拍車をかけ、ゴルフ練習場の鉄柱住宅10軒を押しつぶした。長引く停電に断水、道路寸断は住民生活を混乱させた。電力会社・政府・県の初動対応がひどく、被災者の生活再建の目処はいまだに立たない。

 これだけではすまなかった。1か月たった10月12、13日、台風19号がつづいた。東海から関東・東北に至る大広域で大雨が猛威をふるう。多摩川・千曲川・阿武隈川など7県52箇所の大中河川が決壊して市街や田畑園を濁水で蔽った。鉄橋も落ち道路は陥没する。新幹線車両も水に沈んだ。15日現在で死者75人行方不明14人を出す大惨事となった。ひどい被災に遭遇して住民たちは茫然とたたずんだ…。被災住民が生活復興を果たすのは何時になるのだろうか。

 ふたつの台風は、先進科学技術立国として到達した21世紀日本の現在の一面を如実に示したと言えないか。たくさんの恵みを、自然はぼくらに与えてくれる。しかし、その摂理に逆らうと容赦なく牙をむく。こんな自然の摂理を『森のおはなし』は素朴に説く。

 作者は、森の盛衰を滞酒なイラストで描き出して散文詩でやわらかく語りだす。

 可憐な樹木の林立する林は何千年もの年月を経て深く生い茂る森に育つが、やがて人間たちが森の木を切りはじめる。【人間たちははじめ、すこしだけ切っては、切った分だけあたらしい苗をうえつけていました】と森を営むルールにしたがうが、【人間たちはまもなく、よくばりになっていき森から切りとれるかぎりの木々をいまにも手に入れたくなったのです】、そして、【人間たちは、木々のすべてを切りたおし、森をビルや工場にかえていきました…】と絵本は語りつづける。ぼくは経済成長過程の山林がどのような扱いを受けてきたかを知っている。だから、絵本を読むぼくの胸中はおだやかでなくなる。

 ついには、【空気をきれいにしてくれる森はすっかりなくなりました。…そして、森のなくなった都市の空気は、どんよりとよどみ、どんどんよごれていきました】と、絵本は素朴にたんたんと語りをつづけていく。

 地球温暖化が科学者たちから深刻な問題として取沙汰されるようになったのは1970年代に入ってからだ。1992年、世界の国々は「気候変動枠組み条約」で努力目標をつくる。そののち97年「京都議定書」、2015年「パリ協定」でc02などの温室効果ガスを期限をかぎつて減らしていくことを取り決めた。しかし、196の国と地域が参加するパリ協定を守ろうとする国や地域は半数にも及んでいない。なかでも大国アメリカは協定不参加を表明し、日本・中国など温室効果ガス排出大国の取り組みはきわめて消極的である。

 かくして絵本は、【やがて、都市はおそろしい暴風におそわれます。ますます空気はよごれていきました】【暴風は、はげしい風だけでなく、さらに大雨もふらせます】【大雨は、ものすごい洪水となって都市をおそい…】と語りつづけるではないか。先述のふたつの台風をまるで実況中継するかのようだ。

 しかし、絵本は自然の摂理にしたがえば、【むかしむかしとおなじような森】によみがえることを見開きいっぱいにイラスト展開する。希望を捨ててはいけないのである。時をほぼ、台風襲来と同じくして9月23日、国連気候サミットが開催される。大会議場は16歳の環境活動家グレタ・トウンベリさんの怒りの演説に震憾する。そして、感動の拍手をよぶ。

 「私たちはあなたたちを見ている。あなたたちは私の夢を、子ども時代を、空っぽな言葉で奪った」「苦しんでいる人たち、死にゆく人たちがいる。生態系は破壊され、多くの種の絶滅も始まった。あなたたちはお金の話や、経済成長のおとぎ話ばかりしている」と大人たちに怒りをぶつけた。最後にグレタさんは「HoW dare you」(よくも、そんなことができるわね)の言葉で演説を締めくくった。

 瞬時に世界中をかけめぐつた演説にグレタさんよりはるかに年齢を刻むぼくは頬をはげしく殴られたような衝撃を受ける。ぼくらは地球の行く末について子どもたちといつしょに語り合わなければならない。

『森のおはなし』
マーク・マーティン作/
おびただす訳 /
六耀社