連載 ジェリーの日本見聞録15 キライっていう事

キライっていう事
 もう歳ですから頭が固くて

キライっていう事
キライっていう事

 「もう歳ですから頭が固くて、新しい事は頭に入りません」というような一言を高齢の方から聞いたことがありますか? それとも、自分で言った事はありますか?

 私が英会話学校で働いていた時、大人の生徒さんが単語を覚えられない時に同じような事をよく言いました。確かに子どもの頭は大人と違って、柔らかいスポンジのように新しいことをすぐ吸収します。歳を取ると、人間の頭は本当に固くなるのでしょうか。そう考えると、歳を取ると心も固くなるのでしょうか。

 歳を取ると、使っている言葉の意味が変わってきます。若者が使う「ヤバイ」と、大人が使う「やばい」の意味は違うと思います。同じように子どもが使う「キライ」と、大人が使う「嫌い」も違います。子どもが「君がキライ」と言っても、次の日になると仲良く遊んでいるケースが多いです。大人が「あの人が嫌い」と言ったら、その場で絆が切れる事が多いです。その違いは、頭と心の固さのせいでしょうか。

 最近、アメリカのニュース番組で活躍している政治コメンテーターのサリー・コーン氏の『The Opposite of Hate』を読みました。この本には、人間の心や、意識していない差別などから生まれる「嫌い:ヘイト」という感情はどこから来るのか? ということが書かれています。コーンさんは職業がコメンテーターということもあり、SNSなどでトロール(オンラインでひどいことを書く人たち)から毎日たくさんのひどいコメントが届きます。ですが、そのコメントに対していつも中立的な考え方をしていることに、私は感心させられます。

  コーンさんによると、ヘイトの原因は仲間外れの気持ちから来るそうです。仲間外れをすると、二つのグループができてしまいます。仲間外れにされた方は被害者の気持ちになります。被害者になると「向こうのこと嫌いになっていい」というふうになります。それはまるでキャッチボールのようです。キャッチしたヘイトのボールを相手に返し、また受け取り続ける限り、「向こうのことが嫌い」というサインは途切れません。ですが、キャッチしたボールをがまんして相手に返さなければ、そのサインは途切れます。途切れることによって、まわりの様子がよく見えてきます。

 つまり、怒り(キャッチしたボール)を返す前に、まず相手のことを考えるようにすると、ヘイトは無くなりませんが、思いやりあるコミュニケーションが出来るようになる。それが、コーンさんの伝えたいメッセージです。この本の中で、コーンさんはいろんなトロールとやりとりをします。コーンさんによると、9割のトロールたちはとてもいい人たちでした。ただ事情があって頭や心がちょっと固くなっただけです。この本を読みながら、ヘイトの感情というものは、私も心が固くなると出てくるのか、周りに影響されて出てくるのかなど、色々考えさせられました。

 私は仕事で幼い子どもたちと接することが多いのですが、先ほどお話しした「キライ」とは真逆のものを感じます。それは純粋な気持ちです。いくら子どもたちが私の事をふざけて「キライ」と言っても、そこにはヘイトはまったく感じられません。「この気持ちのまま大人になれたらいいのに」といつも思います。

 これから子どもが大きくなるにつれて、いろんなことを経験して成長していきます。人が成長する階段のどの辺りで、子どもの心は大人の心に変わって行くのでしょうか。一気に変わるのでしょうか。

 それとも少しずつ変わるのでしょうか。 子どもが成長していく中で、大人が持っているヘイトな感情だったり、暗く嫌な気分が子どもに移ったりしないように気をつけて見守ってあげるのが大人の責任だと思います。

(ジェリー・マーティン)

連載 ジェリーの日本見聞録14 会ったことない友だち

会ったことない友だち
 今まで一度も会った事がないのに、大親友だと思っている人はいますか?

きつねやぶのまんけはん
『きつねやぶのまんけはん』『おやじとむすこ』

 今まで一度も会った事がないのに、大親友だと思っている人はいますか? 有名人やアイドルに夢中になる人たちは、有名人のことを大親友だと思っているかもしれません。ファンになるのはこういうことでしょうか?

  私も会ったことがないのに親友だと思っている人がいます。その人は児童文学作家の中川正文先生です。初めて会ったのは、2011年の秋でした。私が「絵本講師・養成講座」(NPO法人「絵本で子育て」センター主催)を受講したときに講義をしてくださいました。優しく小さな声でしたが、絵本の絵や言葉について、読み聞かせについての話がとても面白く「もっと聞きたいなぁ」と思いました。講義が終わり、とても複雑な気持ちになりました。なぜなら、それはもうできないからです。

  こう書くと何か変だと思われるでしょう?  中川先生の講義は、DVDだったのです。本当は先生が直接お話される予定でしたが、それは叶うことなく、一か月前に旅立たれました。今から思うととても不思議なことですが、そのときから先生との出会いが増えました。いろいろな人から先生の話を聞いたり、先生が書いた本を読んだりする機会が増え、一冊読むごとに先生と仲良くなっていくような気がしました。

 中川先生の『おやじとむすこ』(文芸春秋)を読んだ後は、一気に先生と仲良くなった気がします。何年か前、アメリカへ里帰りをするときにこの本を持って行きました。飛行機の中にいる時間はとても長かったのですが、先生が私の隣に座って一緒に本を読んでいる気がしました。優しい声で、家庭の話、奥さんの話、息子さんたちの話、職場の話を私に聞かせてくださっているようでした。私は温かい気持ちで本を読み続けました。あっという間に8時間が過ぎてしまい、カリフォルニアに着きました。

  アメリカ滞在中、何度も中川先生の本を読もうかと思いましたが、帰りの飛行機の11時間を思い出し、我慢してそのまま本を荷物の中にしまいました。2週間後、帰りの飛行機の中で先生は、私の隣席に先に座って待っていました。私はさっそく先生の本を読み始めました。長い帰り道の間に本を読み終え、先生をもっと知ることができ、親友になったような気がしました。

  羽田空港に到着して、スーツケースの受取りを待っていたときに「たしか、先生が書いた『きつねやぶのまんけはん』(NPO法人「絵本で子育て」センター)が家にあるな。帰ったらもう一度読もう」と思いました。

  帰宅して絵本を読もうとしたとき、その絵本に先生が書いてくださったメッセージを見つけました。この絵本を買ったときに、サインがあるのは知っていましたが、メッセージには気づいていませんでした。それを読むと私へのメッセージのように感じました。書道家のような字で「わたしの知らない国のひとびとたち、あんずの実を差し上げたい」と書いてありました。その寒い年明けの夜にあんずの味を思い出しながら、コタツの中で何回もその絵本を読み返しました。

  私は人間があの世に行ってしまうと、この世ではその人の物語が残ると思います。家族や友だちがその物語を語ったり、思い出したりすると、その人は永遠に生きることができます。

  作家はラッキーで、自分の物語と自分が書いた物語の2つの物語の両方とも残ります。時間がたっても、時代が変わってもその物語は生き続けます。

  私は中川先生に会ったことがありません。けれど先生が残した二つの物語を大事にします。私は先生が書いた物語を本棚に大切に置きます。他の大事な物語と一緒に。

  もう一つの物語は、記憶の中にある本棚に。あんずの味の記憶と一緒に……。

(ジェリー・マーティン)

連載 ジェリーの日本見聞録13 子どもと絵本の可能性

子どもと絵本の可能性

 子どもは可能性の塊。いろんな人と出会い、いろんなことを経験して、少しずつその子のかたちになつていきます。他の人のフリを見てまねしてみたり、相手に合わせて自分を変化させたり…… 。これって、子どものすごいところだと思いませんか。大人でしたら、ずーつとそのまま変化はしないことでも、子どもは変わっていくことが出来る。子どもの可能性に秘められたパワーを感じさせられます。

 子どもの可能性は最強レべルです。大人になると、この可能性はどこに消えるんでしょう。可能性はやつぱり大事です。一番大事かもしれない。 可能性がこんなに大事なものでしたら、大人の役割は子どもの可能性を育てること、守ってあげることなのではないでしょうか。出来るだけ消えてしまわないように。

 けれど、それはなかなか難しいことです。子どもが育っていく中で消えていってしまうものはたくさんありますが、増えていくものは少ないような気がします。可能性を育てる方法はいろいろあると思いますが、その中での私の一番のおすすめは、子どもが出来るだけ小さい頃からいろんな絵本を読み聞かせることです。

 「絵本を子どもに読み聞かせると、学校のテストの点数が上かる」と言う人がいます。この話が本当かどうかはわかりませんが、本好きの人はもしかしたら、本当にテストの点数が高いのかもしれません (私は違いましたが…… )。しかし、絵本の可能性を短い期問で図るのはもつたいない気がします。社会がドンドン便利になると短い期間のことぱかりが気になり、いつも短い期間で結果を求めてしまうように思います。現代人の悪い癖ですね。 たまには、長い期問で物事を見てみるのはどうでしょう。例えば、絵本を読むだけで普段私たちが経験出来ないことを、ファンタジーを介して経験することが出来ます。場所だけではなく、いろんな人と出会うことも出来ます。この経験は子どもにとってすごく大事なことだと思います。 今すぐ結果は出ませんが、 絵本で経験したことはきつと後で役に立つでしょう。

 私は、いろんなところでバイリンガル絵本講座をやつています。 子どもからたまに 「英語上手だね」 と言われます。多分、子どもは絵本を目にすると、私の国籍、職業や見た目など全部が関係なくなるのでしょう。 「絵本が好き!早く読んで!」という気持ちの方が強くなるのではないでしょうか。

子どもと絵本の可能性

 とよたかずひこ氏の 『バルボンさんのおしごと』 (アリス館)を読むと、主人公のバルボンさんは、ワ二なのにヒトと同じ心を持っている。そこにこの絵本の可能性をとても感じます。バルポンさんの世界では人間と動物がお互いに怖がることも無く、同じ世界で暮らしています。動物も人間も仕事をしていますし、コミュニケーションも出来ます。なんて平和で理想的な社会なのでしょう。

  「差別はだめ」、「見た目は違つてもいい」、「みんなの心は同じ」 などと子どもに教えるのはなかなか難しいことです。 人 (特に子ども)は無意識にメデイアやまわりの会話からいろんな言葉や意見を吸収して、パズルのように自分を作り上げます。子どもにバルポンさんの絵本を読んであげると、バルボンさんが理想とする社会の良いところを吸収出来ると思います。

 短期問では結果は出ませんが、小さい頃からたくさんの絵本を読んであげると、次の世代、また次の世代はきつと良い社会の方向へ変わつて行くと思います。これは長い期間の結果につながります。

 子どもの可能性を増やすチャンスを作るために、私は子どもたちに絵本を読み聞かせる活動をつづけています。


(ジェリー・マーティン)

連載 ジェリーの日本見聞録12 本の地図

『本の地図』
7年前、今のアパートに引越した時に3つのルールを決めました。

 7年前、今のアパートに引越した時に3つのルールを決めました。

1. 無駄なものを持たない。

2. 自分らしい部屋にする。

⒊ 本棚を4つ以上買わない。

1と2はルールを守っていますが、3は本が増えると年に何回か本の整理をしないといけません。

 最近、アプリを使って本のバーコードをスキャンして、本の管理をしています。これを使うと、自分が持っている本でのデジタル本棚が出来ます。「何を持っているか?」タイトルやキーワードで簡単に検索できるので、とても便利です。このアプリを使い始めてから「あ!持っていたのに買っちゃった!」ということがなくなりました。

 それでも、私は自分の本棚を見るのが好きです。初版や古書など特別な本を持っているわけではないのですが、本のタイトルを見ると、そこから違う本に繋がる、私にしか見えない線が見えてきます。本と本の間にある線は、私にしか見えない世界地図を通っています。

 この前、友達から「ジェリー、本棚の板が歪んでるよ」と言われて、「そろそろ本の整理をし直さなくちゃ」と思いました。今回は頑張って、「10冊ぐらい減らすぞ!」と決めました。友だちが帰ってから本棚の前に立ち、本の整理をし始めました。

 最初に目に入ったのはLee Bennett Hopkinsの『Books Are By People』でした。これは昨日買ったばっかりだからキープ。そこから私にしか見えない線をなぞって、目がSarah Dyerの『Five Little Fiends』にたどり着きました。ここは本棚の真ん中にある、絵本の国で一番広い国です。

 『Five Little Fiends』は支部会で話題になって盛り上がりましたし、来月の絵本講座で使うからキープ。線はまだ続いて、今度はさいとうあかりの『おちたらワニにたべられる』に到着。保育園で読み聞かせをした時に、それまで騒いでいた120人の子ども達が夢中になって「シーン」となった絵本です。これもキープですね。さらに私の目は進みます。

 とよたかずひこの『でんしゃにのって』、いわさきちひろの『うらしまたろう』、西村繁男の『おふろやさん』がありキープ、キープ、キープ。次に、目は瀬川康男の『いない いない ばあ』にたどり着きます。これは初めて日本語で読み聞かせした本だからキープ。そこからRuth Bornstienの『Little Gorilla』に。私の人生を変えた本だから、これも絶対キープ。

 その先、司 修の『俊寛』にも目が止まります。「これ長いよね……講座で使った事ない……あぁ、でも文章と絵の組み合わせが好きだからキープだな」。あれ? 松谷みよ子の『お月さんももいろ』はどこだっけ? それでまた『うらしまたろう』に戻る。

 目が進みながら本の内容だけではなく、紹介してもらった人の顔、どこで買ったか? 読んだ時の聞き手の反応が頭の中で浮かんできます。

 長いこと絵本の国に居たので、そろそろ移動してみよう。今度は下の方にある漫画の国へ行ってみよう! 国境で待っていたのは漫画の国の代表者、市川春子の『宝石の国』、星野之宣の『宗像教授伝奇考』、CLAMPの『エックス』と『ホリック』でした。これは私が絵本を作る時にイメージをたくさん与えてくれる参考書で、いつも読んでいます。「あぁ、漫画本は捨てられないな」全部キープだ。

 では、次に上の方にある小説の国へ行ってみよう! まず私を出迎えてくれたのは、小澤俊夫の『働くお父さんの昔話入門』、柳田國男の『遠野物語』、そこで私はふと思いました。「あ!これは全部、絵本講師・養成講座の最後のリポートに……」考えている途中で目が『絵本講師・養成講座テキスト第5巻』にたどり着きます。今日の「本の地図の目的地」はここになってしまいました。あぁ……本の整理をするはずが本は全然減ってません。また明日やってみよう!

(ジェリーマーティン)

連載 ジェリーの日本見聞録11 「出来ない事」からスタートして

母は「私は政治家のやっている事が分からないの」、と昔からよく口にします。

 母は「私は政治家のやっている事が分からないの」、と昔からよく口にします。皆さんにも、自分には分からないとか、出来ない事があると思います。私の「出来ない事」のトップ3。3位は実家で牧場を経営している影響でホルモンを食べられない事。2位は計算が早く出来ない事(考えるだけで意識が飛んじゃう)。1位は自転車に乗れない事。

 自分の出来る事よりも、自分が出来ない事の方が大人になるほどインパクトが強くなる気がします。自分の場合、数字や計算の話が始まると、『マーティン城』の門を閉めて、鍵をかけて、かたくなに身を伏せる状態になります。

 自分が出来ない状況に陥ると「(ホルモンは)美味しいですよ」と言われても、(嘘でも)「お腹がいっぱいです」と返事をしますし、「自転車ならすぐ行けるよ」って言われても、(いくら遠くても)「歩くのは好きですから」と自動的に嘘の返事が出てきます。これは私だけではなく、皆さんにもそういうところがあると思います。

 「私には政治の事が分からないので、アメリカの事はもっと詳しい人たちにお任せしてきた」と母は言います。

 私も母と同じようにそうしてきました。自営業になってから、税金の事は税理士におまかせしています。これはよくあるパターンだと思います。

 記憶の中では嬉しい事はたくさんあるのに、トラウマや失敗した事はいつも記憶の表面の一番近いところにあると思います。アメリカの哲学者、 サンタヤーナの言葉「Those who cannot remember the past are condemned to repeat it: 過去を記憶できないものは、その過去を繰り返す運命を背負っている」はこの事からくると思います。

 「他人任せにしてきたばかりに、今アメリカはこんな国になってしまった。今のアメリカは怖い。自分ももっと何かすれば良かった……」と母の口からこのような言葉が出た時には、ぞっとしました。それと同時に、私の人生においても同じ事が当てはまるのではないかと考えさせられました。これまでに何か自分でも出来た事があるかもしれないのに、「自分が出来ないから」と無視してきた事をあらためて感じました。

 私は毎年末にアメリカに帰ります。11月ぐらいからワクワクしはじめます。そのワクワクは家族に会うのが8割、2割は書店に行く事です。新作英語の本が手に入りやすいからです。前回1番気になっていたのは、ミシェル・オバマさんの『Becoming』でした。子どもの頃の話、旦那さんとの出会い、自分の不安や喜びなどギッシリ入っている400ページの作品を4日間で読み終えました。その本の表紙を見て母は「その方とその家族は素敵だった。ずっとあの家族がアメリカの顔でいて欲しかった。私は政治家のやっている事が分からないの。私には分からないので、この国のことはもっと詳しい人たちにお任せしている。けどね、そればかりして今アメリカはこんな国になっている。今のアメリカは怖い。自分はもっと何かすれば良かったな」と言いました。

 そこから私たちの会話がスタートしました。いつも早く寝る母なのに、2人で夜中の2時過ぎまでいろんな事を語り合いました。途中で煖炉の火が弱くなり、温かい飲み物を取ろうとキッチンに行って、ポットのスイッチを入れた時に気づきました。

 私の38年の人生の中で、初めて母と本の話をした事を。いつか「母と本の話をしたい」それは、私が幼い頃から抱いてきた夢でした。お湯はまだ沸いていないのに、気持ちがポカポカになりました。

(ジェリー・マーティン)