新連載「わたしの心のなかにある絵本たち」#67 サウスポー

#67サウスポー

 『サウスポー』The Southpaw

(ジュディス・ヴィオースト/作、金原瑞人/訳、はたこうしろう/絵、文溪堂)

高校生の娘が手に取った絵本。「それ、はたこうしろうさんの絵だよ」と言うとソファーに座って読み始めた。

彼女も左利き。幼い頃から大好きでよく一緒に読んだはたこうしろうさんの絵本と久しぶりの再会。

かわいい恋の絵本です。

(理事長 森ゆり子)    

絵本講師の発言席 67『桜の季節に思うこと』多本 ゆき枝(絵本講師)

たもと ゆきえ
多本 ゆき枝(絵本講師)

67.絵本講師の発言席 『桜の季節に思うこと』

 新型コロナウイルスで大騒ぎする人間界とは関係なく、今年の春も桜が綺麗に咲きました。毎年桜は同じ時期に同じように咲くのに、見る人の気持ちによって見え方が違うのは不思議です。
 
 里帰り出産した12年前、生後2ヶ月でダウン症だと確定診断された娘を抱いて帰る途中、実家近くで見た桜並木は満開でした。陽の光を浴びた桜の木々には霞がかかり、枝いっぱいの花は春風に寂しく揺れていました。
 
 実家から戻ってすぐにダウン症児の親の会に入り、先輩お母さんからアドバイスをもらったり、子どもの年齢が近いお母さん方と悩みを共有したり情報交換したりしながら、私はだんだんと元気になっていきました。娘が1歳になった頃だったでしょうか。隣りの市で、不妊治療で授かったわが子がダウン症だと分かったお母さんが赤ちゃんを浴槽に沈めてしまうという悲しい事件がありました。産後うつだったそうですが、とても他人事とは思えませんでした。

 なぜ私は涙を流しながらもダウン症をもつ娘を受け入れることができたのか。事実を受けとめきれず、わが子とサヨナラしてしまったお母さんと私を分けたものは何だったのか。つらい現実に直面したとき、前向きに進める原動力となるものは何なのでしょうか。
 
 子どもの頃から私は、本を読むのが好きでした。自分は安全なところに居ながら、主人公と共にワクワクドキドキ冒険することができます。人の心の中はふつう見えないものですが、本の中では登場人物の考えていることが語られ、見えてくることがあります。遠い所に住む人々の生活や考え方に触れられます。昔の話、未来の話を、いま読むことができます。日常生活では考えなくて済む難しい問題についても、じっくり考える時間を持つことができます。

 私は人と話をするのも大好きです。初対面の人でも旧知のように話をしてしまいます。だれでも独自の物語を持っていて、話をすることで知らない物語を聞くことができるので、いつも興味津々です。人と話をすることは読書と通じるものがあるように感じます。

 娘がダウン症と分かったとき、先行きに不安を感じながらも、1000人に1人の貴重な体験ができる、と新しい物語が聞けるような期待を無意識のうちに抱いていたのかもしれません。
 
 娘のことばの発達に良いからと生後5ヶ月から絵本の読み聞かせを始めたのですが、絵本は親の私にも語りかけてくれました。『どこまでも』(アンナ・ピンヤタロ/さく、たわらまち/やく、主婦の友社)は、親子でいろんな体験をしながら一歩一歩進んでいけば大丈夫、と励ましてくれ、『もりのなか』(マリー・ホール・エッツ/ぶん・え、まさきるりこ/やく、福音館書店)は、子どもの想像の世界を大切にしてあげて、と教えてくれました。絵本を一緒に読みながら、ゆっくりでも確実に成長する娘の姿を見て、子育てが楽しくなっていきました。
 
 4年前に絵本講師となり、少し前を行く障害児の母として、児童発達支援事業所を利用するお母さん方に「絵本で子育て」講座をするようになりました。お子さんが好きな絵本をお母さんの声で何度も読んであげてください。子どもはお母さんのことが大好き。お話を聞くのも大好き。ゆっくりでもちゃんと心が育ちますよ、と話します。お母さん方の悩みや焦りに寄り添いつつ、絵本の力をお伝えし、ことばへの興味を引き出すような絵本やコミュニケーションを楽しむ絵本を紹介します。がんばって子育てするお母さん方へのエールを込めて『だいじょうぶ だいじょうぶ』(いとうひろし/作・絵、講談社)を最後に読んでいます。
(たもと・ゆきえ)