子ども歳時記129『木を植えた男』松本 直美

松本 直美
松本直美
木を植えた男
ジャン・ジオノ/原作、
フレデリック・バック/絵、
寺岡襄/訳、あすなろ書房

 昨年末、中村哲氏の訃報に衝撃を受けた。さらに、その一連の出来事について語り合いたい人が身近な日常生活圏に一人もいない! ということもまた。(職場でこの話は「重くて」「浮いてしまう」だろうことも、想像できた)。

 月1回大人に絵本を読む会を開いている。その日を待っている間に遠方に住む友人から「中村哲氏が福岡に帰り着きましたね。南西にむけて手を合わせました」との葉書が届いた。人と語り合わないまま自分の中で中村氏の生きざまを追う中でふっと、思い浮かんだ本がある。本棚の奥深くから探し出し、買った時以来久しぶりに手に取って開いてみた。やはり、中村哲氏に通じるものがある。『木を植えた男』(あすなろ書房)である。次の絵本の会で読んでみようかと下読みがてら、試しに時間を計ってみた。だめだ音読30分以上かかる。長すぎる…… とは言うものの紹介はしたいのでこの本も持っていくことにする。

 そうこうしている間にも新聞には様ざまに中村氏の記事が続く中、こんな投書文を目にした。
“医師 中村哲氏は、戦乱と干ばつのために荒廃したアフガニスタン東部でNGO「ペシャワール会」の現地代表として無償の医療活動を始めて35年。並行して井戸を掘り水路を造るという活動がペシャワール会会報で報告されている”とのこと。ここまでは、聞いたことがあった。が、この先は知らなかった。“昨夏発行の会報には「植樹100万本達成!」とのトップ見出し。”中村氏は、本当に「木を植えた男」でもあったのだ。

 この切り抜きと共に、長いから読みませんが、と紹介した絵本の会では、長くてもいいから「読んで」「読んで」の声に支えられ結局30分以上かけて、読んだのでした。この日頂いた感想には、中村哲さんを偲ぶ会になりましたね。この本忘れません。充実感ある会でしたね。改めて絵本の力と価値を実感しました。等の言葉をいただいた。

 医療よりもまずきれいな水が飲める環境が必要であることや、仕事があって食べていけることこそ平和への原点であり、必要なのは武力ではないことを実践、発信してこられた中村哲氏と、その長年の活動を見守り支え続けたご家族や、仲間の方々の胸中を思いつつ。

 これから大人になっていく人たちに、出会ってほしい本がある。故かこさとし氏をはじめ、20歳前後に敗戦を体験された方々は、その日を境に起きた価値観の反転に衝撃を受けるとともに贖罪の想いや後悔を抱えてその後を生きた方も少なくない。なぜ言われるままに信じてしまったのだろう。なぜ自分で調べて、考えて判断しなかったのだろうと。

 繰り返さないために、語り継ぎたいことがある。希望をつなぐために知っておきたいことがある。
(まつもと・なおみ)

子ども歳時記128「久しぶりに出会った絵本」倉冨 展世

倉富 展世
(倉冨 展世)

 あけましておめでとうございます。お正月はいつも駅伝をテレビで観戦することから始まる私。ずっと変わらず楽しみにしているお正月行事の一つです。皆さまのお正月はどのように始まりましたか。

スイミー
『スイミー』
(レオ・レオニ/作、谷川俊太郎/訳、好学社)

 少し前のことになりますが、11月のある土曜日の昼頃、庭の手入れをしていたら小学生たちが学校から帰ってきていました。とても賑やかに楽しそうに話しながら……。保護者らしき人と帰っている子どももいました。あぁ、そうか。学習発表会があったんだと合点し、そんな時期なのだなと懐かしく思いました。

 すると2人で帰っていた男の子の一人が庭にいた私にフェンス越しに近づいてきて「なんしようと?」と声をかけてきました。もう一人の連れの子は少し離れた後ろで不安そうに立っています。「お花を植えようとよ。今日は学校やったと? 学習発表会?」と聞くと「そう!」と元気に答えてくれました。「何したと?」と聞くと「スイミー!」という返事が返ってきました。

 思いがけず、なつかしい絵本に出会えました。「それ、知っとーよ。『ぼくが目になるよ』やろ?」と自慢げに私が言うと、その子は「2年生の時にしたっちゃろ!? やっぱね! いっしょやん!」と満足そうです。「じゃーねー!」と元気に去っていくその子に「気をつけて帰りーね!」と声かけすると「うんっ!!」ととびきりの返事が返ってきました。学習発表会でうまくいったのでしょうか。ちょっと興奮気味のその子との会話にこちらも心が弾みました。まっすぐに私の目を見て話す、多分、近所に住む誰かさんとのほんのちょっとのコミュニケーションに、昔、子どもに読み聞かせしていた絵本が仲介役をしてくれました。台詞まですっと出てきた自分にも驚きました。ああ、こんなことで役に立つこともあるのだなと思いました。

 『子どもに絵本を届ける大人の心構え』(藤井勇市/著)の中の一文に「大人がいない社会」というのがあります。藤井氏は、大人の定義として3つあげています。自分が無知であることを理解する能力、周りの環境を良くすることを黙って行える能力、そして自分や家族と同等に他人を大事にできる能力。まだまだできていないと感じた私ですが、この近所(に住んでいるであろう)の子どもたちとのコミュニケーションは、その小さな一歩になればと思いました。「お帰り」「行ってらっしゃい」「気をつけてね」。知り合いでも何でもない人の中にも信頼しうる大人もいるのではと少しでも思ってもらえれば嬉しいです。

 庭に植えた花が道行く人の目を楽しませるように、身の回りの小さなふれあいを大切に することが世の中をうつくしくし、子どもたちの過ごしやすい社会につながればと思います。

(くらとみ・のぶよ)