子ども歳時記139 変わらないでほしい風景 倉冨 展世、『なく虫ずかん』(松岡達英/え、篠原榮太/もじ、佐藤聡明/おと、大野正男/ぶん、福音館書店)

『なく虫ずかん』 (松岡達英/え、篠原榮太/もじ、佐藤聡明/おと、大野正男/ぶん、福音館書店)

 皆さま、お元気ですか? 今年も残すところあと2ヵ月となりました。本当に一年が早いと感じます。そして、最初の緊急事態宣言から約一年半が過ぎました。この一年半は長く感じます。不思議ですね。

 

 毎年行われる秋の町内清掃が今年もありました。昨年から密を回避するという目的で一斉清掃ではなくなり、設けられた何日間の間に自分の都合の良い時間を選んで清掃活動を行い、ごみを各自で集会所まで運ぶという方法になりました。コロナ禍で起きた小さな変化です。

 

 私の住むこの地域は、住宅地の近くに田んぼなどがあって自然を身近に感じる機会が残されています。ここ数年で近くの川の護岸整備が進みましたが、以前は道を小さなカニが横断しているのを見かけていました。川が整備されたおかげで近年激しさを増している台風時には安心できますが、カニが歩いていたあの景色もなかなか良かったのに、と残念な気持ちもあります。

 

 そんな地域の草取りは、ヨモギの匂いに癒されたり、葉っぱの裏に隠れていた芋虫やコオロギ、カエルたちとの出会いが用意されていたりしました。人間にとっては不必要な道端の、名前も知らない雑草ですが、虫やカエルにとっては安住の場所だったようで慌てて引っ越しを迫ってしまい「ごめんねー。お引越しよろしくー」と謝りながらの作業となりました。

 

 自然が残るこの地域では当然のことかもしれませんが、虫の声が大音量です。夏のセミは会話も聞き取れないくらいの音量になります。でも、離れて暮らす家族と電話で話していると「虫の声、久しぶりに聞いた」と言われました。秋の夜を感じさせてくれるこの時期の虫たちの声。テレビを消して耳を澄ますと聞こえてくる虫たちの声が心地よいものだと、再認識しました。

 

 子どもたちが小さかった頃に読み聞かせをしていた『なく虫ずかん』(福音館書店)という絵本を思い出しました。ページいっぱいに虫のなき声が文字で表現されていて、次のページに絵で実際の虫たちが登場するという絵本です。読み聞かせをするとなると虫の声を指さして「これは?」と言われ、読んでは次のページの絵で確認してまた戻るという、私にとっては物語ではないこの絵本を持ってこられると「あぁ、これきたかー」と、少しげんなりしたのを思い出します。他にも『ぼーるころころぽーん』(講談社)など、オノマトペ絵本があまり好きではない私の気持ちを知ってか知らずか、子どもたちは何度も満面の笑顔で持ってきていました。

 

 子どもたちに読み聞かせをしていた絵本を開くと、思い出も一緒によみがえります。次の出番はいつかと静かに並んで待っている絵本たち。毎夜の出番には至りませんが私の楽しみの一つとなっていること。それは、寝る前に開く絵本です。

 

倉富 展世
倉富 展世

(くらとみ・のぶよ)

子ども歳時記128「久しぶりに出会った絵本」倉冨 展世

倉富 展世
(倉冨 展世)

 あけましておめでとうございます。お正月はいつも駅伝をテレビで観戦することから始まる私。ずっと変わらず楽しみにしているお正月行事の一つです。皆さまのお正月はどのように始まりましたか。

スイミー
『スイミー』
(レオ・レオニ/作、谷川俊太郎/訳、好学社)

 少し前のことになりますが、11月のある土曜日の昼頃、庭の手入れをしていたら小学生たちが学校から帰ってきていました。とても賑やかに楽しそうに話しながら……。保護者らしき人と帰っている子どももいました。あぁ、そうか。学習発表会があったんだと合点し、そんな時期なのだなと懐かしく思いました。

 すると2人で帰っていた男の子の一人が庭にいた私にフェンス越しに近づいてきて「なんしようと?」と声をかけてきました。もう一人の連れの子は少し離れた後ろで不安そうに立っています。「お花を植えようとよ。今日は学校やったと? 学習発表会?」と聞くと「そう!」と元気に答えてくれました。「何したと?」と聞くと「スイミー!」という返事が返ってきました。

 思いがけず、なつかしい絵本に出会えました。「それ、知っとーよ。『ぼくが目になるよ』やろ?」と自慢げに私が言うと、その子は「2年生の時にしたっちゃろ!? やっぱね! いっしょやん!」と満足そうです。「じゃーねー!」と元気に去っていくその子に「気をつけて帰りーね!」と声かけすると「うんっ!!」ととびきりの返事が返ってきました。学習発表会でうまくいったのでしょうか。ちょっと興奮気味のその子との会話にこちらも心が弾みました。まっすぐに私の目を見て話す、多分、近所に住む誰かさんとのほんのちょっとのコミュニケーションに、昔、子どもに読み聞かせしていた絵本が仲介役をしてくれました。台詞まですっと出てきた自分にも驚きました。ああ、こんなことで役に立つこともあるのだなと思いました。

 『子どもに絵本を届ける大人の心構え』(藤井勇市/著)の中の一文に「大人がいない社会」というのがあります。藤井氏は、大人の定義として3つあげています。自分が無知であることを理解する能力、周りの環境を良くすることを黙って行える能力、そして自分や家族と同等に他人を大事にできる能力。まだまだできていないと感じた私ですが、この近所(に住んでいるであろう)の子どもたちとのコミュニケーションは、その小さな一歩になればと思いました。「お帰り」「行ってらっしゃい」「気をつけてね」。知り合いでも何でもない人の中にも信頼しうる大人もいるのではと少しでも思ってもらえれば嬉しいです。

 庭に植えた花が道行く人の目を楽しませるように、身の回りの小さなふれあいを大切に することが世の中をうつくしくし、子どもたちの過ごしやすい社会につながればと思います。

(くらとみ・のぶよ)