子ども歳時記137 『わたり鳥』(鈴木まもる/作・絵、童心社)岡部 雅子

絵本から広がる未来

 岡部 雅子

 

渡り鳥
渡り鳥

日の出が早い夏場は、夜明け前から鳴き交わす鳥たちの声が目覚ましになっています。まだまだ寝ていたいのに、いつものさえずりに交じった聞きなれない鳴き声に耳を傾けているうちに目が覚めてきます。

思い返せば、子どもに絵本を読むなかで鳥に関心を持つようになったのかもしれません。恥ずかしながらそれまでは、スズメ、ハト、カラス、「それ以外」の区別しかなかったのです。絵本の中のムクドリの「むくすけ」が、公園で地面をつついている一群の鳥だと気づいたのが、「それ以外」の鳥との初めての出会いでした。オナガ、ヒヨドリ、シジュウカラ、ツグミにヒタキなど、ここ東京でも季節ごとに様々な鳥を見ることができるのです。鳥たちの中には、遠い南の国や北の国からやってくるものがいます。そのような旅する鳥たちを描いた絵本が『わたり鳥』です。鳥たちは新しい命をつなぐため数万キロも飛んでくるのです。

あとがきによると、「わたり鳥がウイルスを運んで、養鶏場の鶏(とり)たちが鳥インフルエンザに感染し、処分された」という報道に違和感を持ったことが、執筆のきっかけのようです。感染源として悪者にされる渡り鳥たちも、人間が地球に現れるよりずっと前から空を渡ってきているのです。過密な飼育環境にも感染を広げる要因があり、渡り鳥だけが悪いのではないでしょう。

新型コロナ感染症の流行が拡大し、これまでのような活動ができなくなって一年以上がたちます。このウイルスは、私たち人間のグローバルな活動に便乗して、あっという間にパンデミックを引き起こしました。世界中で感染拡大防止と経済活動を両立することの難しさが報道され、人間社会に深刻な影響が続いています。一方で、経済活動縮小によりインドや中国の大気汚染の改善やベネチアの海の水質改善など、環境への良い影響もありました。

このコロナ禍で注目したいのが、「One Health」という言葉です。人の健康は、動物の健康および人と動物をとりまく環境に大きく依存しており、これらすべての健康を地球規模で持続的に守らなければならないという考え方です。経済活動に伴う森林伐採などにより動植物の環境が急激に変化し、絶妙なバランスで保たれているウイルスとの均衡が崩れれば、また新たな人獣共通の感染症が生まれます。人間とウイルスとの共生は続くでしょう。感染症は広がってから対処するより、野生生物の生息地を保護し人や家畜との接触を防ぐ方が経済的とも言われています。動物や環境を守ることは、人の命を守ることに繋がっているのです。

絵本を開けば、自由に空を渡る鳥たちの力強い姿から、遠い国やそこに住む人々や生き物、そこで起きている事へと思いを馳せることができます。子どもたちには、様々な絵本の中で想像と現実とを紡いで、すてきな未来を実現してほしいと願っています。

(おかべ・まさこ)

岡部 雅子
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