子ども歳時記145 「自分探し」/たさき きょうこ/『くんちゃんの大旅行』(ドロシー・マリノ/文・絵、石井桃子/訳、岩波書店)

くんちゃんの大旅行
くんちゃんの大旅行

「自分探し」 たさき きょうこ

風がどんどん冷たくなって、本格的な冬の季節です。今年も残り少なくなりました。みなさまにとって、この1年はどんな年だったでしょうか。

さて、わたしの息子の話をさせていただきます。息子は今大学1年生です。中学校と高校では、ずっと野球部でした。小さい時はとても手のかかる子でしたので、厳しい野球部でやっていけるのかと、最初はとても心配していました。ところが部活の先生と仲間に恵まれて、息子は変わっていきました。頼りなかった子どもが、身体も心も伸びていく様子は、驚きを感じるほどでした。高校でも野球部に入り、そこでは楽しいことよりも厳しいことの方が多かったようですが、なんとか最後まで続けることができました。

高3の夏に部活を引退して、進路に向けて忙しくしていた冬の初めのこと、息子がこんなことを言いました。

「自分って何者なんだろう」

今まで中学・高校と野球しかしてこなかったので、自分というものを深く考えたことがなかったのでしょう。初めて落ち着いて考える時間を持ち、自分を見つめ直したようです。「例えば歌がうまくて歌手になる人とか、好きなことを仕事にできる人って、本当にすごいと思う。おれには何もない」

自分は一体何者なんだろう。何が好きで何をしたら幸せなんだろう。何ができるんだろう。息子はそんなことを考えているようでした。

『くんちゃんのだいりょこう』は、子ぐまのくんちゃんシリーズの中の1冊です。くんちゃんと、おとうさん、おかあさんとのあたたかな日常を描いた絵本で、どのお話も、くんちゃんを見守る両親のおだやかなまなざしが、とても印象に残ります。『くんちゃんのだいりょこう』は、そろそろ冬ごもりをする時季のお話です。みなみのくにへとんでいくとりを見て、くんちゃんもみなみのくにへ行ってみたくなりました。おとうさんとおかあさんは、そんなくんちゃんに反対せず、やりたいようにやらせてみることにするのです。

わたしはくんちゃんの絵本を読むたびに、同じ母親として、くんちゃんのおかあさんにいつも感心させられます。こんなふうに子どもを信じて、そっと見守る母親は、わたしの憧れであり理想なのです。

大学生になった息子は、いつの日か世界中に、自分探しの旅に出るのが夢だそうです。旅行記の本を読んでいる息子の背中を見ながら、わたしはくんちゃんのおかあさんのことを思い出していました。くんちゃんのおかあさんのように、静かに子どもを見守ることができるだろうか……。

「いつか自分がみつかるといいね」

わたしは心の中で、そっと息子に声をかけました。

(たさき・きょうこ)