飫肥糺 連載132 いさかいの淵源に勝手な思いこみあり。平和を考えるアプローチに。 『火星にいった3人の宇宙飛行士』(六耀社)

火星にいった3人の宇宙飛行士
火星にいった3人の宇宙飛行士(六耀社)

世界中をまきこむ戦争が勃発する。コロナ禍中2月、ロシアがウクライナに侵攻した。あろうことか安保理常任理事国ロシアの戦争惹起である。かつての世界大戦と異なりAI・IT技術に通信衛星を駆使する戦争は、尖鋭化する兵器や高精度の情報技術で一変し、冷酷非道な戦場を露出する。

拒否権を持つが戦争当事国であり、国連はまるで機能しない。アメリカ主導の欧米NATO加盟国等が経済制裁や武器を供与してウクライナを援護。日本もウクライナ援護に加わる。かくして戦況は拡大しつづけ長期化する。砲撃を受ける市街は破壊されて死傷者も累々と……。兵士ばかりではない。多くの市民が暮らしを奪われ命を落とす。歴史に学ばないロシアの侵略暴虐には一片の理もない。一方で、兵器や装備品を供与しても、軍隊を派遣しなければ参戦にはならないとする。ウクライナの人々に出国や前線に立たない自由がないともいう。ぼくは素朴に首を傾げている。

つくづく思う。戦争は起こるのではない。一握りの人間が戦争を起こすのである。いったん戦争が起こされると道理は通じない。人権は無視される。

哲学者ウンベルト・エーコは争いや諍いの火種の多くは”食わずぎらい”にあるという。相手を知らずに先入観だけで相手を悪者にしていないかと問う。

世界平和について語ることの多かったエーコは絵本『火星にいった3人の宇宙飛行士』を創作する。「国家とは何か」「民族とは?」と問いかけ、「戦争とは」「平和とは何か」を子どもたちといっしょに考えようとする絵本である。コミカルでストーリーゆたかなテキストで、ぼくをぐいとひきよせる。

地球という星に住む3人の宇宙飛行士が火星にロケットで飛び、火星人と遭遇して心を通わせる物語。飛行士はアメリカ・ロシア・中国の3人。彼らの祖国の為政者たちは現在、複雑な関係にあり、なかなかの趣向ではないだろうか。

さて、ほぼ同時に3人は火星に着陸する。はじめてであう3人は疑り深い目で見合うだけ。アメリカ人はロシア人がきらいだしロシア人もアメリカ人がきらいだ。中国人はアメリカ人もロシア人も信用できないやつらだと思っている。これまで会ったこともなくたがいの母国語も知らないのに勝手にいやなやつだと決めこんでいる。ところが暗闇せまる夜が訪れると、そんな3人が心細さをつのらせる。「おかあさん」とつぶやいたりするのだから人間は決して強くない。けれど、こんな心情が以心伝心通じるのである。かくして3人はうちとける関係に。なんのことはない。表情やボディアクションだけでも人間は分かりあえるのだ。

火星には赤い山がつらなり、水が流れ、青い木々の枝には小鳥たちも……。火星にはたしかな生命があった。ただ、地球とまるで異なる強烈な色彩に3人はたじろぐ。そこで遭遇したのが火星人であった。前身緑色のからだ。触覚2本・手6本の奇怪な怪物ではないか。不気味さを「悪者」と勝手に決めつける先入観にはしる飛行士たち。おののきながらもいざ戦わんとするとき、地面に突然、巣からひな鳥が落ちてくる。ここで物語は愉快に急展開する。必死に鳴きつづけるひな鳥。地球の鳥と同じではないか。かわいそうで涙する3人は、火星人が鼻からけむりを吹き出すのを見た。彼なりの泣き方だっただろうか。さらに、火星人がひな鳥を抱き上げる姿に、はっと気づく3人。ぼくら地球人と火星人もおなじじゃないかと……。かくして、物語はたがいに心情を取り交わすハッピーエンドで結ぶのである。

ぼくらは、人間にかぎらず生きものすべてに対して勝手な思い込みで疑ったり傷つけたりしていないか。エーコは楽しく滑稽に口ずさみながら大切な理を物語につむいでいる。

『火星にいった3人の宇宙飛行士』
ウンベルト・エーコ/さく
エウジェニオ・カルミ/え
海都洋子/やく
六耀社