飫肥糺 連載129 「猪突猛進」とはどんなこと。イノシシの語る「まっすぐ」とは…? 『ちょとつ』(絵本塾出版)

去年が明けて新年が動きだす。二年来の新型感染症パンデミックは世界中をなお震撼させつづける。日本だけが第5波の荒波が去ったのち大波の再来がない。幸運があったか民族性が利したかと喧しいが不思議ではないか。しかし、第6波の襲来は必ず来るとも語られるのだから安心できない。用心に越したことはないのだ。

 

それにしても、わが国のコロナ対応は後手後手にまわり右往左往した。首相ふたりが退陣したいま、3人目の岸田内閣が指揮を執る。慣れない緊急事態であったことを差し引いても、科学者たちの知見のあつかいや施政の混乱など失態はひどかったと思う。それだけに動きはじめた新しい政府行政への期待は大きいはずだが果たしてどうか。隠蔽体質で突っ走る唯我独尊で猛進するリーダーも困るが、生半可の知見で回答ずらして恫喝猪突するリーダーも困る。

 

で、今回は猪突猛進イノシシの爽快なおはなし。

近年、ぼくの住む房総半島ではイノシシやキョン(外来種のシカ)が出没して田畑の農作物を食い荒らす被害が多発する。作物を食い荒らされる農家や危害を受けることもありの住民にとっては大問題。営林衰退で山林も荒れ獣たちの食材が細る。開発拡大で宅地は山地に接近する。無頓着に自然の原理に逆らってきたぼくら人間たちのふるまいが大きいのではないか。

 

イノシシは神経質で警戒心の強い動物である。だから、見慣れないものは避けようとし、人間と出くわしても余計なことをしなければ自分から離れていくという。もちろん、挑発すれば、強く反撃する。成人男子なみの体重で時速40~50キロで走るという突進力。視力は弱いがするどい嗅覚で突進するのだ。突撃を受けると大の大人でも突き飛ばされる。ただの傷ではおさまらないはずだ。かくして、「猪突猛進」なる四字熟語も生まれた。

 

一方に人気者のイノシシもいる。かつてバス旅行で訪れた天城峠の「いのしし村」にはゆかいで達者な舞台芸を見せるイノシシがいた。イノシシの知能は高く学習能力を持つ。いま、各地の動物園でサルなどを背に乗せて走り回るウリ坊を見た人も多いのではないか。(ウリ坊=幼少期のイノシシ)

 

絵本『ちょとつ』に描かれるイノシシもなかなか愛嬌たっぷりの元気なイノシシだ。もちろん脇目もふらず猪突猛進する。走る。どんどん奔る。まっすぐ走る。

物語はすごく明快で爽快ストーリー。主人公イノシシが自分の一週間の行動を自画自賛して報告する。歯切れよい言葉がテンポよく弾み、まっすぐな主人公の動きを奔るスピードに乗せたイラストがぐいぐい展開する。痛快・爽快・愉快な気分のいいユーモア作品なのである。

 

月曜は大根畑をふんづけて走り、火曜は傷を負いながらも林の中に突進し、水曜は人家に突っ込み、おっちゃん、おばちゃんが食事中の卓袱台の上を走り抜ける。木曜には信号無視で交差点を通り抜けてしまう始末。とにかくイノシシ曰く。「ぼくらイノシシは、な。まっすぐしか、はしらへんねん! 」と胸を張り、「どや、すごいやろ」と自画自賛するのだ。だが、おっちゃん、おばちゃんには「かんにんやでー」と詫び、信号無視の後始末に「あかしんごうは ちゃんと とまらなあかんでー」と反省自戒の弁も語るではないか。ユーモアもいっぱいなのだ。

 

金曜の話。イノシシは川を前にしてまっすぐに飛び込み溺れてしまう。おはなしに「オチ」を配する巧みさで、土曜は大雨でひと休みでずっと寝るという幕間の味わいをみせる展開も面白い。

 

雨があがった日曜は最高の快晴びより。気分全快で突進するイノシシの前方に、ヒバリの子だろうか、鳴き声が聞こえる……、ここからフィナーレに連なる大胆な絵画展開が見ものだろう。あの、何があっても曲がることがだいきらいなイノシシが鳥の巣の直前で急に右旋回したのである。一言も発することなく猛スピードで走り去るイノシシの後ろ姿にあたたかい空気を感じとれると思う。

 

主人公イノシシの「猪突猛進」は配慮や反省なしに突き進むことではない力強さを意味していると思う。イノシシの語る「まっすぐ」とは、辞典のいう「正直で正しいさま」であったが、絵本から、ときに曲がることだってあることを知った。よどむ気分を一掃させるおはなしである。
(おび・ただす)

 『ちょとつ』

立川治樹/ぶん

くすはら順子/え

絵本塾出版