こども歳時記
〜絵本フォーラム第35号(2004年07.10)より〜
伝えていかなければならないこと
 また起こってしまった。しかも、加害者も被害者も女子小学生。事件の後、テレビ番組の自粛が相次いでいる。カッターや刃物での殺人など、事件を想起するような場面を含んだ番組が次々に差しかえられているのだ。そのことを聞き、私たちは毎日毎日、殺人事件や暴力行為を繰り返し見ているのだということを改めて実感した。子どもたちは幼いころから無意識に学習しているのだ。人を傷つける方法を……。

『こどもたちのライフハザード』
(岩波書店)
 『こどもたちのライフハザード』(瀧井宏臣/著、岩波書店)は、現代の生活破壊が子どもたちの心身に及ぼす異変の実態を明らかにし、再生の可能性を探るルポルタージュである。「これほどひどい生活実態にもかかわらず、こどもたちがこの程度の実状でけなげに生き抜いているのが奇跡的」と本書は訴える。それほど子どもが「人」として成長していくための環境が失われてきているのだ。  幼いときから何を見たり聞いたり読んだりしてきたか。その蓄積が人格の土台となる。美しいこと、楽しいこと、愛されていること、悲しみ、切なさ、痛みをどれだけ感じてきたか。それが心のひだを増やし、思いやりをはぐくみ、心を成長させる。本を読んで様々な感情を体験したり、人の話を聞いて、その意味を考えたりすることで、子どもは「人」として成長していくのだ。現在、子どもたちが心で感じる機会がどれだけあるだろうか。
「人」となるための環境
 繰り返さないために伝えていかなければならないこともある。忘れるから同じ過ちを繰り返す。『ひろしまのピカ』(丸木俊/え・文、小峰書店)は、子どもたちに原爆の悲惨さ、戦争の悲惨さを伝える絵本である。作者の丸木俊さんは、夫である丸木位里さんとともに『原爆の図』など、戦争の実態を伝える作品を多く制作している。親が子を殺したり、集団自決をさせられたりした、沖縄戦の真実を描いた『沖縄戦の図』はその代表作の一つである。この絵は沖縄の個人美術館・佐喜眞美術館に常設されているが、館長の佐喜眞道夫さんがこの絵を前にして、見学に来た修学旅行生に「戦争は人間を悪魔にする。10年後には、君たちがこの絵の中にいるかもしれない」と語ると、今まで騒いでいた生徒たちも静まりかえるという。  子どもたちが子どもでいられる間に、大人から伝えておかなければならないことがある。人として生きる上で知っておかねばならないことがたくさんある。昔は自然に学べたそれらのことを、わざわざ意識して伝えていかなければならない時代になってしまった。  今、大人の言動が問われている。
『ひろしまのピカ』
(小峰書店)

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