振れる子ども

 ぼくは長いこと教師していたようなもんですから、まあいろんな学生がいました。 男にしろ女にしろ、何か問題があった場合ね、思い余って親が相談に来ることがずいぶんあったんですよ。で、ぼくが学類長やってるときには、お会いしました。そういう子どもの問題で、学校へ相談にくるのは、たいてい母親が多いわけだよな。で、よくね、お母さん方が言ってたのは、子どもがね、いつも荒れてて、でも、ちょっと良くなってくる。もうだまされたくない、もう裏切らないでもらいたいと思ってるんですよ、って切々とぼくに訴えるわけよ。ぼくは、つめたいようだけど、それは、はかない夢ですよ、って言うわけ。なぜかと言うと、息子、娘はね、お母さんをだまそうと思っているわけじゃないから。そうじゃなくて、あれは振り子が振れてるみたいに、行かざるを得ないんだと思う。振り子だと思って……でも振り子だから、行ったっきりということはない。戻ってくるから、それまで待っててやってください、という言い方をぼくはしました。

 

大事なのは友だち、そして先生

グリム童話集200歳 ぼくが勤めてた筑波大学は、学校カウンセリングの有名な教授が何人もいるもんだから、学生相談室ってとても盛んなんですよ。何か問題があると、みんなそこに渡してしまう。 ぼくは自分が学類長の時には、専門家に渡さず、ぼくのところによこすように言いました。ほんとにつらかったけど、きつかったけども、やりました。なぜかっていうとですね、そういう時にね、なぜ行ったり来たりするのかというのをね、分析しようとするわけね、カウンセリングっていうのは。分析するために、成育歴を全部聞くんですよ。成育歴って、18年か19年生きていればね、なんか親との関係でいろいろありますよ。例えば、「中学3年の時にお父さんに言われたその一言に君は引っかかっているんだよね。それから脱出しなきゃだめだよ」なんて言われるわけ。すると今度は、それから脱出することにまた何年もかかっちゃうんです。だから、アリジゴクってぼくは言ったんだけれどもね、ますます悪くなる。 だからぼくは、そういう方法をとらなかった。そうじゃなくって、ぼくはもう信念として持ってんだけど、大事なのは友だち、そして直接の先生、そのふたつだと。私淑するって言葉知ってる? 学生が、何となくあの先生いいなぁと思う。先生の方昔話が語る子どもの姿は気がつかないんだよ。だけど学生の方からあの先生いいなぁと思っているっていう感じね。君の好きな先生だれ、だれが一番好き、そのシンパシーがあるっていうのを聞いて、それで、その先生にね、忙しいだろうけれど、しばらく付き合ってくれと。友だちもね、まぁ何人かはいるわけだから、3~4人に声をかけて、付き合ってくれというふうにね。付き合うというのはどういう意味かというと、勉強するときに一緒に勉強するとかね、飲み会の時には呼んでやるとかね。要するに一人にしない。あるいは、あの……代返を手伝ってやるとか。わかる? 代返って。身に覚えがある人いっぱいいるんじゃないかな。必要があればやったらいいんですよ。ゲームだから。まあ、カンニングまでは言わなかったけれどもね、そういうものに付き合う。そうするとね、救われるんです。溶けてくるんです。しかし、それを分析して……というとね、益々落ちるんだ。

 

時間が来ればおさまる振れ

 あれは、振り子が振れてんだから、分析の対象じゃないんですよ。振り子が振れてるだけのこと。だから、時間かけりゃおさまっていくんです、振り子だから。みんなおさまっていきます。 そうやってぼくが救った7人中、6人が卒業しました。ある子なんてね、リストカット3回までいっちゃってね。女の子。浅草から来てたけども、もうダメだと思ったの、ほんとにいつか死ぬと思って。ところが、卒業2年遅れただけだよ。遅れるのはいいんですよ。言っとくけど卒業は1年2年遅れるなんて、問題じゃないですよ。ちゃんと卒業しちゃえばいいんです。ある2月にね、先生、友だちとモスクワ卒業旅行やってますって、モスクワからハガキが来てね。嬉しかったねぇぼくは……。完璧に、回復したわけですよね。 そうかと思ったら、こないだ電車の中で、つり革にぶら下がってたら、隣の若い女の人がチロチロチロチロこっち見るんで、感じ悪いなぁこいつと思ってたら、そのうちにその人が真正面にぼくの方を見て、「あの、小澤先生でしょうか」って言うから、そうですよと言ったら、私は……と名前言ったわけ。もう、うんと苦しめられた学生だから、名前忘れないのよね、20年経っても。今どうしてんのと聞いたら、コンサルタント会社で勤めてますって言うから、良かった~と。救われてんですよ。だいじょぶですよ、振れてるのはね。振っといたらいいんですよ、時間が来ればおさまる。。

 

生きる力を養う反抗期

 でも、おさまらなかった、うまくいかなかった、たった一人いるんですけれどね。 それは、静岡から来た女子学生で入ったときに成績とても良かったの。卒業の限度ってあるじゃない、延長しても再延長戦何回までってあるよね。最後の年にぼくがちょうど学類長だったとき、ぼくは学類長ですから、卒業させたいわけね。それで、単位取らなかったらどうしようもないんだから、ぼくの授業に登録しなさい、興味があろうがなかろうが、構わない。それで授業にとにかく出てこいと。寝ててもいいから座ってろって。何回か来たんだけど、来られないんだよね。朝電話かけてきて「先生やっぱり行かれません」。 ぼく2回行ったよ、彼女のアパートへ。そしたらね、かわいそうだぜ。昼間なのにカーテン降ろしてね、一人で、こたつにあたってじーっとこうやってんだよね。もう、その姿見た時、かわいそうでかわいそうでかわいそうで、しょうがなかった。もう年は23ぐらいになってるわけだよ。23、4かね、卒業遅れてるから。この年になってこんなに落ち込むんだったら、なんで中学とか高校時代に暴れまわってね、親に反抗して、自分の生きる力を養わなかったんだろうと、ぼくは本当に思った。わかる? 反抗期ってあるんですよ。中学、高校、そん時にやればよかったんだよ。それで、生きる力をつけたら良かったのに。ほんとにそう思った。最後にもうどうしようもなくなって、ご両親に来ていただいたんですね、静岡から。遠かったんだけれども。お父さんは高等学校の校長先生、お母さんは私立中学の教頭先生、典型的な教育家族。あの、ぼくも教師ですから、よくわかるんですけれどね。教師として立派であることは、もちろん必要だよ。だけどうちへ帰ってきてまで教師で立派じゃダメなんだよ。うちへ帰ってきたら、もう野暮な父ちゃんでいいんですよ。野暮な母ちゃんでいいんだよ、何もわかんない母ちゃんでいいんですよ。家庭でもりっぱだったんだろうね。だからつぶれちゃう、だから中学、高校時代は成績良かった、家庭でもいい子だった。で、ストレートで筑波大学入ってきた。でも、最後に落っこっちゃった。結局、そうなった。この子のことは、思い出しても、ほんとに思い出すだけで、話すだけで泣きそうになっちゃうんだけども……。あのね、子どもが揺れるときはね、ほんともう揺らしてやったらいいんです。落ち着く、いつかは落ち着くから、それ。揺れる時期って必ずあるんだから。 あれ、「寝太郎」やってる時期とかね、「眠り姫」やってる時期って必ずあるんだ。ほっといてやったらいいんですね。あとで必ず、回復しますよ、それは。起きますよ。

(構成・池田加津子、協力・東條真由美)

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