リレー

どんなに大きくなっても
(中学校講師・松尾理恵子)


「今日は絵本を読まないんですか」「じゃあ、『ぼちぼちいこか』を読もうか」
 どこでの会話だと思いますか? これは、中学3年生の数学の少人数クラスでの会話です。絵本は幼い子のためのものという認識を覆してくれたのは、ある中学校での出来事でした。
 十数年ぶりに講師として中学校に赴任した私は、以前と比較して学校に余裕のないことに驚きました。時間の余裕、気持ちの余裕、心の余裕がないのです。教育現場を取り囲む環境の変化については、知識として知っているつもりでした。子どもたちの心や脳に多大な影響を与えるIT、評価方法の変化による子どもたちのストレス、食生活の変化などなど。しかし実際に目にすると、改めて子どもたちを取り囲む環境に目を向ける必要性を感じました。とりわけ気にかかったのが、携帯電話やパソコンの普及に伴い、話を集中して聞けない、会話によるコミュニケーションがとれない子が増えていることでした。
 そこで登場させたのが絵本です。授業の初めの5分余り、中学生が受け入れてくれるだろうかとの不安を持ちながらも、『キャベツくん』を読みました。反応は……。絵が見えにくいと前に移動する子、読み終えて拍手してくれる子などもいて、ほとんどの生徒が集中して聞いてくれました。その後の授業が順調に流れたことは言うまでもありません。
 今まで、幼児やそのお母さん、小学校低学年の児童など、数多くの方に絵本の読み聞かせをしてきました。だれよりも喜んで聞いてくれるのは、わが子です。絵本で豊かな言葉に接し、心を動かし、何よりも親子で楽しむ時間を共有できる豊かさが好きで、今まで続けてきました。絵本の持つ力のすごさを十分に知っているつもりでしたが、幼児だけでなく、絵本を読む大人や、思春期まっただ中の子どもたちの心をもいやす力を持っていることを新たに知りました。また、絵本の言葉の力をかりて、一人一人が大事にされていることを聞き手である子どもたちにさりげなく伝えることができるように思います。
 短い講師の任期が終わる日、「今日は絵本を持ってきてないんですか」の声に促されて読んだのは『ちびゴリラのちびちび』。どんなに大きくなっても、周りの大人たちはあなたたちを大切に思っているよ、とのメッセージを込めて。
絵本フォーラム38号(2005年01.10)より

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