リレー

心情や情景を伝えやすい言葉、母国語
(山形・上山市立東小学校校長・伊勢牧子)


 体が弱くて、いつも学校を休んでいた息子が、大学に入ることで家を離れた。
 ある日、アパートを訪れると、機械工学の本に混じって、幼いころ読んであげた絵本が数冊並んでいた。息子の「戻っていく心の居場所」を見たような気がした。
 先日、そのわけを聞いてみた。息子は、「本屋に立ち寄ったら、目に飛び込んできた。あまりに懐かしいので、ついつい買ってしまった」と答えた。
 昔、何かの本で次のようなことを読んだ覚えがある。「国語のことを英語でマザータングと言うのには深い意味がある。生まれたばかりの子どもに言葉を教えていくのは、生活している国の言葉でなく、母親の生まれた国の言葉でするべきだ」という内容である。それは単に母親が最も多くの声がけをするからというのではなく、言葉を通して伝える心情や情景などを大事にするためには、母親の最も伝えやすい言葉で行うべきだとする考え方である。絵本の読み聞かせ、特に母親の読み聞かせが効果的だと言われるゆえんがここにもありそうである。
 さらに、読み聞かせをしているとき、子どもと母親は近接して、息づかいや母の香りに包まれながら、同じ目線でものを見、感動を共有していくであろう。母親から与えられるものは、絵本の世界を超えて、自分に対する愛情や期待、母親の感情や人としての生き方など、実に多くのものを学ぶ時間なのだと思うのである。
 むかし……息子を寝かそうと懸命に本読みをした。早く寝かせて仕事がしたい。そんな私の気持ちを見透かすように、何冊読んでも息子は目を輝かすばかり。そのうちに私のほうがくたびれて眠ってしまう。ふと気がつくと、肩に毛布がかかり、息子が、読めない絵本を私に読んでくれている。私はとうとう仕事をあきらめて、寝たふりをして息子のたどたどしい読み聞かせにしばし聞きほれている。
 その息子も、来年の春には父になる。
絵本フォーラム37号(2004年11.10)より

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