たましいをゆさぶる子どもの本の世界

「絵本フォーラム」第20号・2002.1
9

元気いっぱい。“わんぱく坊主、バンザイ!”
『どろんこハリー』

写真  ぼくの家族に一頭の犬がいる。名は、ハッピー。5年前の冬、当時まだパラサイトで独身を謳歌していた娘が友人宅から貰い受けた(その娘もすでに一児の母になった)。
 生まれたばかりの牝イヌであったから、少しは手なずけて芸事のひとつでもできる従順な愛犬として育てられるかな、と期していたのだが、何のことはない。われら夫婦の方が彼女に振りまわされている。
 何度となく旅した欧州の街角で、あるいは公園で、まるで親子か兄弟のように雇人に寄り添う犬を何度も見かけている。また、手綱をはずしても、ご主人様の命ずるごとくに動く犬が多くいた。
 ところが、訓練士の世話になった犬でもなければ、我が家近くの公園を散歩する犬たちは、おおむね、ぼくらのハッピーと同様に似たりよったり。雇人を牽きずりまわしている。だから、「欧州人の足元にぼくらは遠くおよばないなぁ」とこと犬の躾け方にかけては、犬と暮らす生活文化に歴史的深みを持つ欧州人に軍配をあげなければならない。
 しかし、と思う。ハッピーからすれば、どう考えるのだろう?
 主人に下僕のように従うより、鎖に繋がれるのは少々厄介だが、「自分の想いのいくらかなりを獲得しているほうがハッピーなのよ!」と考えているのではないか? ぼくら夫婦は、多くの場合、彼女のいいなりに後を追い、彼女が寝転んで遊ぶことになると、それにしたがって寝転ぶことにする。彼女は、なまいきにもわが膝に腰を落とし、さぁ、ブラッシングしろ、とせがんだりするではないか。
 夏には、豪快に穴を掘って涼を求め、冬は毛布に潜り込む。たまの休日に昼寝を決め込むと散歩をねだって吠えまくる。自分がねむりに入ると、いびきまでかいて、悠としているのだ。牝のはずだが、陽気なわんぱく小僧なのである。
 ヨーロッパにもこんなわんぱくで愛嬌のある犬がいた。ハリーぼうやだ。
 子どもたちが結構いやがることにお風呂がある。夢中になるものが多くて入るきっかけをつかめずにいやがるのだ。入ってしまえばうっとりして気分よくなるのに…。ハリーも例外でなくお風呂ぎらい。お風呂にお湯の音がひびくだけでブラシをくわえて一目散ににげだしてゆく。
 ある日もそうだった。ブラシを庭に埋め込むと、道路工事現場でひとあそび。泥まみれになったあとは線路に渡る橋の上ですすだらけ。それから、おにごっこをして、つぎには石炭車をすべり台におおはしゃぎ。
 黒い斑のある白い犬ハリーは、すっかり汚れて、白い斑のある黒い犬に大変身してしまった。
 あそびくたびれて走り帰るハリー。だが、あまりの変身ぶりに家族がハリーと気付かない。「庭におかしな犬がいるけど、ハリーはどこにいったのかしら」と他人行儀なのだ。そこで、ハリーはさかだちに宙がえりと特技をつぎつぎに披露する。しかし、だれもハリーと認めない。とうとうハリーは庭に押し込んだブラシを取り出して二階のお風呂へ自分から飛び込んだ。子どもたちが洗ってやると、泡のなかから黒い斑のある白い犬があらわれた。そして、そして、…自分の家の居心地の良さを感じたハリーは、ごはんを食べてぐっすりと眠りにつくのだった。(『どろんこハリー』ジーン・ジオン文/M・ブロイ・グレアム絵/わたなべしげお訳/福音館書店)
 すっかり、絵本のストーリーをなぞってしまったが、こんな子どもはあなたの家にはいませんか?“わんぱく、バンザイ!”“元気がいっぱい!”の明るい家庭のようすを躍動感のあるみごとなイラストでズンズン語り、読み手、聞き手、みんながこころを弾ませてしまう傑作絵本は世界中から支持されている。
前へ次へ