たましいをゆさぶる子どもの本の世界

「絵本フォーラム」第23号・2002.7
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チョウの変身変化(へんげ)、
E.カールの魔術に興奮する子どもたち
『はらぺこあおむし』

写真  都心ではすっかりチョウを見ることがなくなった。都心から1時間半ほどの郊外には田園地帯がまだ残り幾種類かの蝶を見かける。しかし、無農薬が当然であった時代にはほど遠く、チョウの舞う数は少ない。なかでも、かつて最も多く見たモンシロチョウをめっかり見ることが少なくなった。菜の花畑やキャベツ畑を乱舞していたモンシロチョウは何処へ行ったのか。優雅な舞いを見せてくれるチョウも、農家にとっては害虫で野菜の大敵だった。そのために害虫退治の農薬が開発されて散布された。ぼくが、モンシロチョウの幼虫・アオムシの菜葉を食いちぎるようすをごく普通に見かけたのは、1960年ぐらいころまでだっただろうか。
 小学校では理科の授業でチョウの生育を学ぶ。ぼくは、自宅でも観察箱を用意しキャベツなどを中に敷きつめて採集した卵を育てた。卵から、幼虫→さなぎ→成虫(チョウ)へと成長してゆく姿を観察するのは、子ども心に好奇心と感動をもたらしてくれた。夏休みの宿題にも、何度かチョウやトンボの昆虫採集を選んだ。学校から借り出した図鑑を頼りに名前を発見するのは楽しく、ずいぶんと集中した憶えがある。
 アゲハチョウは真夏に大きく美しく宙を舞った。田畑より山林に多く生息するアゲハはなかなかすばしこく、大きな舞いのアゲハを長い竹先の採集網で捕獲するのは容易ではなかった。
 アゲハは晩秋に至るまで見られた。ミカンやクヌギの葉、サツマイモの葉に産みつけた卵からイモムシに育ちアゲハに変身した。イモムシは草木の葉を食いちぎり育つが、ぼくの郷里に多い山椒の木の葉も大好物にしていた。イモムシはアオムシと異なり、ぐんぐん大きくなる。15pぐらいの大きさのイモムシもいた。まるまる育つとサナギに変身した。キアゲハにカラスアゲハ、ウスバシロチョウなど、種類は無数にあった。が、採集欲を満たすには林や森に出かけなければならなかった。
 これらアゲハの卵からチョウに育つ過程を、愉快に、断然に面白く描いているのが、エリック・カールの『THE VERY HUNGRY CATERPILLAR』(訳書『はらぺこあおむし』もりひさし訳、偕成社)だ。日本語版だけでも1976年の初版以来2版計390刷りという怪物的な人気絵本である。
 “あおむし”という訳語は少し気になるが、カールの描くイモムシは頭が紅く胴体は緑色で可愛らしく“あおむし”の言葉音が似合っているのかもしれない。
 おはなしは、木の葉の卵から生まれたイモムシがモリモリ、ガブリガブリと果樹やケーキにソーセージと食べまくり、まるまる太ってサナギに変身。最後には一挙に華麗なアゲハチョウに大へんしーん…、という物語。イモムシの一週間の食いっぷりを語る12ページは、紙幅を小片からしだいに広く展開させ、リンゴや梨、イチゴなどイモムシが食する食べ物の中央に幼児の人差し指が入る程度の穴がある。こんな仕掛けの工夫が子どもたちをワクワクさせ、好奇心をたぎらせる。子どもたちは、穴へ指を差し込んで、ビリビリ破りながらも、この絵本をさぁ読んで欲しいと何度も何度も親にせまるのだ。そして、なによりカールの特異な造形とあざやかな魔術のような色彩が興味を走らせ、横長の画面を活かしきってダイナミックに展開される。テキストは、短く、繰り返し言葉で運ばれてテンポよいリズムを打ち鳴らす。サナギから飛び出して優雅で美しい大型のアゲハが、見開きページいっぱいに羽を広げる場面は圧巻である。
 心地よい興奮を、読み手聞き手に、しばらく残してしまう絵本である。
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