たましいをゆさぶる子どもの本の世界

「絵本フォーラム」第21号・2002.3
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戦禍にさらされる子どもたち
『おもいだしてください あの子どもたちを』

写真  “セプテンバー・イレブン”以降の世界は、異様な緊張世界を描き出している。世界の警察を標榜するブッシュ・アメリカは報復としか考えられない爆撃を繰り返し戦争状態を自ら創り出した。追随するイギリス、フランス、そして、ニッポン。いつのまにか自衛隊の海外派遣があたりまえのようになった。
 テロリズムは断じて許せない。しかし、眼には眼をの仇討ち思想で解決した例を知らない。いずれ、逆襲に転じるテロリストたちがいるだろう。
 テロはなぜに起きるのか。南北・東西に横たわる貧困と抑圧、民族と宗教。これらの問題をたがいに理解しあい、辛抱強く解決してゆこうとする努力なくして平和は訪れない。
 アフガニスタンやパレスチナの子どもたちの姿を心痛む想いで直視する。泥水に口を運ぶ子ども、寒い冬に薄いボロ布をまとい、栄養失調で異様に膨らんだおなかの子。ひどすぎる惨状に人間のおろかさを知る。このおろかさを抑制し、平和を生み出すために人間は文字を創り、学問や文化を育てることで争いのない世界を生み出そうとしたのではなかったか。
 アメリカのノーベル賞作家・エリー・ヴィーゼル(Elie Wiesel)が「この子どもたちをごらんください。この子らの顔を見つめてください。この子どもたちはきっとあなたの心を粉々に砕いてしまうはずです」と全世界の人びとに奨めた写真絵本がある。『おもいだしてください あの子どもたちを』(C.B.Abells「The Children We Remember」おびただす訳)だ。
 ユダヤ人狩りですっかり廃墟となった街に取り残された幼な子がポトポトと哀しげに歩くうしろ姿。胸しめつけられるシーン(表紙)からこの絵本ははじまる。絵本の持つ役割の大きさ・広さをしみじみと感じさせられる作品である。
 エルサレムにあるナチス虐殺記念館(ヤド・ヴァシム)に残された貴重なフィルムのなかからC.B.Abellsが写真絵本として構成し、ユダヤ人狩りのなかで子どもたちがどのように抑圧され差別され、虐殺されていったのか。また、どのようにして災禍をくぐりぬけて生き延びたのか。テキストは、シンプルに語りかける散文詩で読者に哀切な叫びをそえて迫る。一部をのぞいてみよう。

 …略…
 子どもたちは 学校にまなび、…略…、ともだちとなかよくあそび、/あるいは、ポツンと ひとりぼっちで…すわっていました。
 それからです。ナチスがやってきたのは…。…略… ナチスは、ユダヤ人の店をたたみ、学校をとじてしまいました。
 そして、ユダヤ人は住む家さえもうばわれてしまいました。
 寒さのなかで、あの子どもたちは、/ボロキレをからだにまとっていました。おなかをすかした 子どもたちは/ささやかな食べ物を、みんなでわけあいました。…略…、ナチスは 子どもたちをきらっていました。ユダヤ人だから…、という理由だけで。…略…
 ときには、/ナチスは 子どもたちを死に追いやりました。…略…、しかし…、生きのびた子どもたちもいたのです!…略…

 ほら、君たちと同じように、街に住み、君たちと同じように、学校にかよっています。ともだちとなかよくあそんだり、もしかすると、ポツンとひとりぼっちですわっているかもしれませんが…。そう、わたしたちは、あの子どもたちをおもいださなくてはならないのです。
 人間のおろかさは、21世紀を迎えた現在でも続く。このおろかさを克服するためにも、ぼくらは絶えることなく歴史の実際を学び続けなければならない、と強く思う。
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