私が幼かった頃、お正月は今よりももっと特別な日だったように記憶しています。親戚がたくさん家に集まりました。いとこ達と日がな一日遊んだり、お年玉をもらったり、新しい衣服を用意してもらえたりと、ただただ子どもにとって良いことずくめだったから、というのが一番だったのかもしれません。しかしそれだけではない、もっと特別な日でした。
年末には家族総出でお正月を迎えるための準備をします。朝起きると部屋中に、もち米を蒸かす香りと、そのために薪で熾した火のにおいがして「あっ、今日はお餅をつくんだな」と思いながら目覚めました。北風の吹く冷たい中を、雑巾片手に玄関や窓を拭き清めて、注連縄(しめなわ)を飾りました。黒豆や煮しめの甘い香りや、しょっぱいにおいなど色々なにおいが入り混じった台所の風景がありました。
いつもとは少し違う日常を過ごしながら、お正月というのは、こんなにも準備をして迎える大切なことなのだな、と子どもながらに肌で感じ取っていたからかもしれません。私は、日々の生活の中から確実に日本の風習、あるいは我が家の文化を獲得していったのでしょう。
決して懐古趣味にふけっているわけではありません。現代の社会にはそれに即した生活感覚があると思いますし、私もその波に乗り、私が幼かった頃の大人たちがしていたようなことはできていません。色々言い訳をして端折っていることもたくさんあります。でも少しでもあの頃に味わった楽しみを、我が子に伝えたくて、お餅をついたり(機械で、ですが)、細々ながらお節料理を作ったりしているのは、私なりの家庭の文化継承なのでしょうか。
NPO法人「絵本で子育て」センターの特別顧問をしてくださっていた故中川正文先生は、「絵本講師・養成講座」の講義に中で常々「絵本は文化であり、文化とは“与える”ものではなく、人が人の手を介して伝え届けていくものだ」、とお話してくださいました。
我が家の本棚を眺めてみても、なるほど中川先生がおっしゃる通り、文化財に匹敵する絵本が何冊もあります。それは、決して高価だとか歴史的価値があるということではなく、子どもたちに伝えたいことが詰まっているということです。良質の絵本を子どもたちに伝えること、それも私ができる文化継承に違いありません。
そして、私の本棚には『子どもに絵本を届ける大人の心構え』(藤井勇市/著 NPO法人「絵本で子育て」センター)があります。私たち大人が、子どもたちに伝えていくことを見誤らないように考え続けることの大切を、この本は私たちに教えてくれます。
とはいえ、どういう形であっても今も昔も子どもたちにとっては、楽しいお正月でしょう。皆さまにとって今年が良い年でありますように。
(だいちょう・さきこ)
大長 咲子(絵本講師)
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