えほん育児日記えほん育児日記
〜絵本フォーラム第97号(2014年11.10)より〜

私たちが子どもたちに残せるもの

 『子どもに絵本を届ける大人の心構え』

NPO法人「絵本で子育て」センター

池田 加津子(絵本講師) 

絵本講師 池田 加津子

 著者は、絵本などの児童図書の出版販売会社『ほるぷ』で長年勤務し、2004年からはNPO法人「絵本で子育て」センターの主催する「絵本講師・養成講座」の専任講師を務めている。また、団塊の世代の一人として第二次世界大戦直後に生を受け、日本が焼け野原から復興していった時代、高度経済成長を経て一億総中流といわれた時代、バブル崩壊からの右肩下がりの時代、親密な社会から無縁社会へ一転した時代など、社会の劇的な変化を体験してきた人である。

  その生きざまと志が本書に色濃く反映されている。大人とは? 子どもとは?マスメディアの問題とは? 本当のゆたかさとは? 忘れてはならない大切なものとは? そして、絵本とは?などの疑問について、本書はひとつひとつを解決し、導く言葉であふれている。読者は、それらの言葉のなかに、著者のもつ鋭い感性とユーモアを醸し出す温かい人間性を感じられると思う。
子どもに絵本を届ける大人の心構え
 本書は、「絵本講師・養成講座」での二つの講演録と2011年3月11日(いうまでもないが、東日本大震災・福島第一原子力発電所事故の発生日)以降の著者の「頭に浮かび、心に沈んだ思いを綴った断簡」で構成されている。それぞれの講演録や断簡で広範囲におよぶ様々なテーマに触れているが、これら全体を貫くものがあるように感じる。それは、絵本とは「人間と人間をつなぐ」ものであるとの著者の思いである。

 この思いのもと著者の問題意識は人間そのものの本質に向い、さらには人間が生まれ育ち生活する社会へ、そして人間や社会を包んでいる自然のあり方へと広がっているように感じる。このような思いがあるからこそ、「(絵本を)読む人は聴いている人に畏怖と敬意を持っていなければいけない」との重要な指摘や、子どもが育っていく社会や自然の現況への深い問題提起になっているように思う。そのような問題提起を反骨のジャーナリストと呼ばれるむのたけじ先生の言葉を紹介しながら、特定秘密保護法や集団的自衛権など世の中の動きを自分の目で耳で肌で感じ、問題意識をもつことの大切さが説かれている。

  本書で述べられている「危うい現代社会」の源を考えるとき、とくに次世代を担う子どもの変化を見るとき、その要因は私たち大人にあることを痛感する。著者は「子どもたちに絵本を届けたいと思う人とともに考えたいこと」で、現代の子どもをとりまく環境について、三つの「ない」社会であることを指摘している。三つの「ない」とは、(本当の)大人が「いない」社会、(自己確立ができていなくて)自分が「いない」社会、(人を慮る・思いやるという)想像力の「ない」社会の三つである。その上で著者は絵本を家庭へと届け、「絵本を家庭で読み聞かせることで、家庭に言葉の復活をさせリアルな人間関係をつくる。愛玩するのでなく、育ち育てられている家庭環境をつくり上げていくことが、三つのない社会の中で『自分』を取り戻していくこと」だと提言している。現象の底にある本質を把握した素晴らしい指摘と提言だと思う。

 また、「団塊おじさんが子育て世代に小声で伝えておきたいこと」で、高度経済成長のなかでの家族や地域共同体の崩壊、早期教育の弊害などの「子育て環境の現実」に関連して、子育ての根本に関わることを著者は述べている。それは、「『子ども時代』には大人になる準備をするのではなく、二度と訪れることのない『子ども時代』を生き(き)ることが、子どもにとって何よりたいせつ」との考えだ。まったく同感である。家族のぬくもりとニオイ、愛され抱きしめられた経験、そして、子どもとともに絵本を読む母の(味も香りも温度もある)声は子どもの人生を支えていく力になると思う。

 「絵本講師・養成講座」は2004年にスタートした。その前年の開講準備や以降の運営を支援された中川正文先生の人間味あふれる言動の数々、そして、中川先生ととても親しい間柄であった絵本・児童文学界の大立者である松居直先生の素顔など、絵本に携わるものにとって大変興味深い多くの事柄が紹介されている。まことに絵本は、著者その人の人間性の反映であることを実感する。これはおそらく、絵本の読み手にも同様のことがいえるように思う。

 本書は、危うい現代社会を生きる私たち大人が次世代の子どもたちに何を残すことができるのか、そして平和や命、絵本との関わりなどについて、あらためて考え直す機会を与えてくれる好著である。まさに子どもに関わるすべての大人、特に絵本に関わるすべての人に読んでほしい一冊であるといえよう。
(いけだ・かずこ)

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