えほん育児日記
〜絵本フォーラム第97号(2014年11.10)より〜

大変だよ。何とかしよう!

市川 洋美(絵本講師)

猛暑日の続いた暑い夏も終わろうとしている。絵本講師の皆さんは、どんな夏を過ごしたのだろう。(この原稿、9月初旬に書いています)
 私はというと、年々暑さが苦手になってきて、猛暑日が始まった途端に熱中症でダウンしてしまった。2日ほど点滴をし、症状は改善したが、なんとなく体調が戻らないまま夏を過ごすはめになった。いつもなら、母親大会、9条の会、おはなし会、子ども劇場のキャンプと忙しい夏を送っているはずなのに……。ひとつ歳を重ねただけで、こんなに体力が落ちるなんて、ちょっとショックである。
 そこで、買ったまま積んである本や、図書館で目に留まった本を借りてきて、読書三昧の夏休みを送ることにした。村上春樹、三崎亜記、井上ひさしに小森陽一等々。それから吉田秋生や芳崎せいむ等のコミックまで、手当たり次第に読みあさり「ああ、読んだあ!」という満足感を味わっていた。

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 さて、現実の世界に戻ってみると、「えっ、どうして?」と思うようなことが、いくつも起こっていたではないか。埼玉で9条を詠んだ俳句が公民館の月報に掲載されなかったり、国分寺市では、地域のおまつりに毎年参加していた9条の会の出店が拒否されたりしていた。集団的自衛権の行使容認や憲法の解釈を変えるための閣議決定がなされ、原発再稼働の動きも進んでいる。私がちょっと目を離していた間に、日本がどんどん変えられていっているようだ。
  『戦争のつくりかた』(りぼん・ぷろじぇくと/文、井上ヤスミチ/絵、マガジンハウス)という絵本がある。2004年に出されたもので、誰でもパソコンからダウン・ロードして手に入れることができた。その絵本に書かれていることが今、現実に起こっている。政府に都合の悪いことは言わないというきまり。世界の平和を守るためといって、自衛隊が武器を持ってよその国へ出かけられるようにするきまり。テレビやラジオや新聞は、政府が発表した通りのことしか言わなくなる。国の仕組みやきまりを、私たちが気づかないうちに、少しずつ変えていけば、いつの間にか戦争のできる国になってしまう。子どもたちにわかり易いように書かれているこの絵本の最後に、子どもたちへ向けてメッセージがある。「大人は『忙しい』とか言って、こういうことになかなか気づこうとしないから、子どもたちが大人たちに『大変だよ。何とかしようよ』といってください」。

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絵本講師 市川 洋美  子どもたちの心を育もう、想像する力を広げようと願って読み聞かせをしているはずなのに、今の日本の状況では、子どもたちに明るい未来を届けてあげることはできない、と思ってしまう。
 こんな焦燥感に駆られる時、思い出すことがある。私が文庫のおばちゃんになったばかりの頃、ある先輩おかあさんから「戦争になったら紙が統制品になるの。そうすると子どもの本が最初に無くなるのよ」と言われ、「そんな世の中は絶対にいやだ」と思ったこと。『民話の世界』(松谷みよ子/著、講談社現代新書)という本で、昔話の『ももたろう』が、その時その時の思想・権力によって、右にゆれ左にゆれして、利用されてきたことを読み、子どもたちの本や昔話が、子どもの心をコントロールするために、利用される可能性があることを知った。

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 「心」は、私たちひとりひとりの大切なものである。決して誰かの自由にされてよいものではない。私たちのやっている読み聞かせや絵本講座は、すぐ結果が出るようなものではない。「こんなことをしていてよいのか。間に合うのか。どうしよう」とくじけそうになる度に、あの時の気持ちを思い出し、自分を勇気づける。子どもたちと一緒に、絵本を楽しむことができる当たり前の生活を失わないために、私たち大人が、「大変だ。何とかしよう!」と声をあげ、行動していかなくてはならないのだ。

(いちかわ・ひろみ)

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