えほん育児日記えほん育児日記
〜絵本フォーラム第96号(2014年09.10)より〜

教えられた子育ての姿勢

 『はなのすきなうし』

NPO法人「絵本で子育て」センター

中出 素子(絵本講師) 

 3人の子どもの子育てに追われていた頃に出会った『はなのすきなうし』。義妹からプレゼントされたこの本は、私に絵本講師 中出素子とって子育てをしていく中で、大切な一冊となりました。

 このお話の舞台はスペイン。朱色の表紙には白でいろいろの花が描かれ、真ん中に子牛が一頭一輪の花をくわえて、上目がちにこっちを見ています。「なあに?」と言わんばかりの表情です。この可愛い顔をした子牛が、まわりの状況に振り回されず、しっかり自分をもっている子牛なのです。表紙を開くと表紙の裏は、真黄色な地に黒色で「大闘牛 フェルジナンド」と書かれた壁画。ちょっとびっくり。壁画のなかで、大きくなったフェルジナンドは花をくわえてもいないし、闘争心むきだしです。そう、スペインと言えば闘牛です。

 どういうわけか、このフェルジナンドは牛なのに、花の匂いをかいでいるのが好きだったのです。特にお気に入りの場所は、牧場の端のコルクの木の下でした。木かげに座って一日中花の匂いをかいでいたのです。何とのどかな癒しの光景でしょう。コルクの木をめざして歩いているフェルジナンドの首筋がなんとも優しくて、彼の性格を表わしているように思います。フェルジナンドの眼下には、牛が2頭、角を突き合わせています。牛にとっては当たり前のことでしょう。でも、そんなことには全く関心のないフェルジナンドでした。

 ではフェルジナンドのお母さんはこの様子を見てどう思ったのでしょう。「ひとりぽっちでさびしくはないかしら」と、心配しました。母親として当然のことでしょう。自分の子どもが友達と遊ばず、一人ぽつんとしていたり、友達を作ろうともしないでいたり、自分の世界に閉じこもっていたら、どんなにか案じることでしょう。私だって、いてもたってもおられない気持ちになったでしょう。《「どうして、おまえは ほかの こどもたちと いっしょに、とんだり、はねたりして あそばないの?」と、おかあさんは ききました。けれども、ふぇるじなんどは あたまをふって、いいました。「ぼくは こうして、ひとり、はなの においを かいで いるほうが、すきなんです」》この答えを聞いたら、普通のお母さんは何と言うでしょう?「みんなとも遊んでおいで!」「男の子らしい遊びもしてみたら?」そして「もしかしたら、いじめられているんじゃないの?」「何か友達の間でいやなことがあったの?」と、余計なことを言ったり尋ねたりはしないでしょうか。他の牛にフェルジナンドと遊んでやって、と頼むかもしれません。本人の気持ちも聞かずに。でも、フェルジナンドのお母さんは違いました。《そこで おかあさんには、ふぇるじなんどが さみしがって いない ことが わかりました。――うしとは いうものの、よく ものの わかった おかあさんでしたので、ふぇるじなんどの すきなように しておいて やりました。》初めて読んで以来、私にとって忘れられないフレーズとなりました。

 子どもの心に寄り添い見守っているお母さんの姿勢は、本当に心に残りました。3人の子育てで余裕のなかった頃、よく悩みました。思い通りいかぬことにため息ばかりついていました。その時「私が悩むのは、子どもの心に寄り添いもせず、子どもが自分の思い通りにならないことにいらついているんだ」、とフェルジナンドのお母さんを思い出していました。《うしとは いうものの、よく ものの わかった おかあさんでしたので、ふぇるじなんどの すきなように しておいて やりました。》の言葉が、頭に浮かびました。個性を認めるより、皆と同じであることに安心している自分を責めました。寛容なお母さんに見守られて、フェルジナンドの自尊心が健やかに育まれているのだと思います。

 さて若者になったフェルジナンドは、マドリードの闘牛場につれて行かれました。しかし闘う気持ちなど全く持ち合わせておらず、観客の女の人たちが頭にさしている花にひかれ、闘牛場で座りこんで、ゆうゆうと花の匂いをかぎ始めたのです。そしてとうとう元の牧場へ連れ戻されていきました。そして《いまでも だいすきな こるくの 木の したに すわって、あいかわらず、しずかに はなの においを かいで いる という ことです。ふぇるじなんどは とても しあわせでした。》この最後の1行のもつ意味が深いなあと感じます。

 筋肉隆々としたたくましい牛が、花が好きというギャップに、ユーモアも感じさせられます。私にとって大事な絵本の一冊である『はなのすきなうし』を、もう2児の母親となった娘が「ずっと好きだった」と話してくれました。彼女もやはり悩みながらの子育て中ですが、時にはフェルジナンドのお母さんの子育ての姿勢を思い出し、子どもの〈しあわせ〉ってなんだろうと考えてくれたらな、と思います。
(なかで・もとこ)

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