こども歳時記

〜絵本フォーラム92号(2014年01.10)より〜

ほんとうの豊かさ

 新年あけましておめでとうございます。10年後も20年後もそして私はもういないであろう50年後も、あけましておめでとうと言えるような、平和な世界であることを切に願います。

 近年は、コンビニやスーパーで袋入りのサラダ野菜パックなど手軽に利用できるらしいですね。しかもなんとその中にドレッシングをかけて(器に盛らずに)食べている30代の女性曰く、「エコでしょ」。手をかけなくても、包丁がなくてもそれなりのものが食べられる。その一方で日本の和食が無形文化遺産に登録されたようですが、お箸の持ち方すらおぼつかない若い人は増えています(将来の国際交流を考えて英語学習に力を入れるくらいなら、お箸の持ち方や、和食の基本の調理法など習得できたほうがよほどためになるだろうにと感じるのは私だけだろうか)。
 手間暇はぶいて何かをないがしろにした分、何に比重が移っているのだろうかなどともやもやしていたら久しぶりに梨木香歩の『西の魔女が死んだ』を読みたくなった。最近の本だと思っていたのに初版からもう20年にもなろうとしている。

 不登校の中学生まいちゃんが、おばあちゃんとの生活の中で生きる力を取り戻していく物語なのだが、きちんとした生活、食事、手をかけることなど描かれている。そんな生活自体がもう物語の世界にしかなくなりつつあるのだろうか。『りかさん』『からくりからくさ』ではより顕著に手仕事の場面がでてきて、読んでいてそれらがとても心地よいのは、私が年を重ねてきたせいだろうか。
 梨木ワールドにひたってしまって『僕は、そして僕たちはどう生きるか』にまでつい手をのばしてしまった。タイトルでおやっ? と思われた方もいらっしゃるかもしれませんがこの本は『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎・著)がモチーフになっている。やはり『僕は、そして……』にも樹木、草花に囲まれた生活のなかでの出来事が綴られるのだが。梨木作品でこんなに、政治的ともいえそうなはっきりとした環境や戦争への意見表明——作中人物の言葉としてだが——を目にしたのは初めてのような気がして、その意味でも印象深い本です。
 梨木作品だけではなく優れた児童書を読んでいて気づくのは、もちろん思春期頃の子どもが登場するのですが、とりまく大人の中に年齢相応に成熟した大人が、出てくるのです。最近の世の中に増えてきた見た目は大人、中身は子ども(何だかコナン君の逆ですね)ではなく。

 子どもの本は、「大人になるために必要な本」だと詩人の長田弘氏は書かれています。大人になるために必要な様々なことのひとつに絵本・児童書があり、本を読むという行為があると感じます。
 さあ、この一年どんな本との出会いがあるのでしょうか。楽しみです。
       
        
松本 直美(まつもと・なおみ)


『西の魔女が死んだ』
(新潮文庫)

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