■桜花は「爆弾低気圧」に打たれ散る
 花散らしの雨(爆弾低気圧)に打たれた並木の桜花は、キレイに散ってしまった。爛漫の時には花に隠れて見えなかった新芽が今、勢いよく芽吹いている。
 その新緑が、春の白い風に揺れている。桜の命は短い。残念ではあるが、これが端午の節句まで咲き誇っていたら、また、気色悪いだろう。しかし、もう少しの命を……と思わずにはおれない。
 昨年と違い今年の桜花の色は、何となく怪しい色彩を放っているようにわが目に映じた。この国の未来を暗示しているのかしら……。

■「望む兵力、望む場所、望む期間」駐留する権利
 またまた衝撃の本が出版された。『本当は憲法より大切 な日米地位協定入門』(前泊博盛/編著、創元社)である。
 本書は、アメリカが戦後体制の中で、この国を属国として扱っている実態(枠組み)を、「日米地位協定」(60年に改定、旧日米行政協定)を通して赤裸々に暴き出した労作である。と、同時にこの国の住人の必読の書である。多くの人の手に渡ることを願わずにはおれない……。
 マスコミは、前『戦後史の正体1945—2012』同様、無視を決め込んでいる。
 旧日米行政協定は、当時の総理大臣・吉田茂が講和条約を結んだ直後、カリフォルニア州のプレシィディオ基地に一人連行され、日米安保条約締結を強要されたのが始まりである。
 講和条約、安保条約、旧日米行政協定という三重構造が1952年4月28日に発効したのである。この国をアメリカに売り渡した日として「記憶」しておくべきであり、「記念」すべき日では、断じてない。
 時の米国務長官・ダレスの言葉「われわれの望む数の兵力を、望む場所に、望む期間だけ駐留する権利を確保する」、が協定の本質(日本の属国化)を表わしている。
 また、安保条約は沖縄、奄美諸島、小笠原の主権を放棄し、アメリカの統治下に置いたことも忘れてはならないだろう。
 あろうことか、この国の首相は、その4月28日を「主権回復の日」として記念式典を行うという。今上天皇にも来臨を要請するらしい。愚鈍にも程があるというものだ。まだ10日ある。即刻、中止すべきである。

■この国は壊れようとしている
  相変わらず世間の一部の人は、あの愚策「アホノミクス」(©浜矩子)に酔い痴れているらしい。
 しかし、風向きに微妙な変化が表われてきたようだ。
 リフレ政策(黒田日銀)の先行き不安を口にする人が多くなってきた。「第1のイ矢」(金融緩和)の次に繰り出す予定の、「第2のイ矢」(財政出動)を窺っているようだが、浜矩子女史の言うように「浦島太郎の経済学」は、破綻目前である。
 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)も、予想された通り「売国の正体」が露見しつつある。米国の自動車関税撤廃は先送りにし、言われたとおり日本の生命保険商品の認可を凍結する、という醜態をさらけ出している。もともとTPPなるものは、米国のグローバル企業の世界戦略の下にある。
 農業・健康保険問題として矮小化し論ずるべきではない。この国が本格的に壊されようとしていることにこそ、気づくべきである。

■随感録「皆さん、お元気ですか」(2011年7月5日記)
 「ワタシ」は、新聞を読むことも、テレビを観ることも出来ません。ですから外界(世間)の出来事については、よく分かりません。
 しばらくお姿を拝見しておりませんが、お元気でしょうか。
 「ワタシ」は、清らかな流れをもつ小川に棲んでいます。この前、あなたにお会いしたのは「ワタシ」の棲家がまだ厚い氷に閉ざされていたころでしたね。
 「ワタシ」は、水陸どちらでも暮らすことができるのですが、このごろは小川の水が少し温かくなってきましたので、もっぱら水中で遊んでいます。
 いつもならあなたをはじめ、あなたのお友達が大勢やってきて一緒に遊んでいましたね。それなのに今年は――皆さんどうされたのでしょう……。
 そんなことを思いながら、温かくなった水の流れに身体を任せてウトウトしていました。
 そのときです。寝床にしていた水が突然、グワ―と迫り上がったのです。鼓膜が震えました。小さな胴体が2メートルほど飛ばされました。
 2メートルといえば「ワタシ」の身体の40倍です。もちろん「ワタシ」は自在に飛び跳ねることはできるのですが、そのときは、何か大きな力で飛ばされたのでした。
 今までに経験したことのない無気味な感覚が身体全体に走りました。
 「ワタシ」たちが、合唱隊を組む季節が来ました。仲間が水のなかから、また、陸(おか)から集まりました。
 そこで一斉に声を出そうとしたのですが、誰の声も聞こえないのです。仲間は顔を見合わせました。「もう一度!」と言ったつもりでしたが、その声も……。
 そこで、あなたにお尋ねしたいのです。
 「『ワタシ』たちが棲むこの星で、何か異変が起こったのでしょうか?」


                           2013年4月16日記(ふじい・ゆういち)

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