絵本のちから 過本の可能性

「絵本フォーラム」84号・2012.09.10

『絵本講師・養成講座』を受講して
—— 絵本は出合いの道しるべ ——
松本 美智子(東京会場8期生)

1947年1月北海道生まれ。壷井栄原作・映画「二十四の瞳」に感動。大石先生に憧れる(保母国試に挑む)夫との出会いで2年間勤めた保育園退職し結婚。夫の転勤で1年間勤めた横浜の愛児園退職し専業主婦に。津々浦々転居十数回。平成16年5月最愛の夫と死別。失意から3年後「地域おはなしボランティア」活動で4ヶ月児健診後の赤ちゃんに「絵本読み聞かせ」を続けている。大学通信教育人文学部心理学科学生。


 沖縄が復帰して40年になりました。当初、40年後の今を想像することができたでしょうか。この3月24日(土)は、東京会場8期生の修了式。名を呼ばれ、前に並び皆と対面。式後、グループリーダーのジェリー・マーティンから証書を手渡されました。

 大震災直後の開講だっただけに、事務局では関西からの道中に加え何かと支障をきたされたのではないでしょうか。千葉から東京への往還さえも気合を入れての旅でしたので無事修了できた感慨は一入(ひとしお)でした。無理のないカリキュラムとスタッフの方々の優しい温もり、そして、講師陣の熱意に引き込まれる体感を覚えた「絵本講師・養成講座」に出合えた縁に感謝しております。

 40年前、私の家族(夫と2人の息子)は、品川に住んでいました。その5月沖縄復帰と同時に沖縄の住民となりました。私は1歳の次男をオンブして2歳半の長男の手を引き、夫はリュックが歩いているかのような大荷物を頭の上まで積み背負い、神戸港からの沖縄へ向かいました。北国育ちの私は、南の島のコバルトブルーの美しい海に感嘆。北海道最北の海は紺碧といいましょうか、人は育つ場所で好みも違うと感じることがあります。紺碧の海への思いは一言では言えない程です。私の幸運はいずれの海も「愛する海」でした。沖縄入り直後、地元新聞に「美しい海を汚さないで」と、主婦歴浅い幼子をもつ母親の願いを投稿しました。

 平成23年3月11日、海が異変しました。今も汚染に戦(おののき)ながら暮らしています。「海や大地がこんなことに……」。平凡な主婦の願いは抹殺されてしまった心境です。化学洗剤を使わず桶に野菜や果物の皮を水につけ、その成分の助けを借り命の源に感謝しつつ食器を洗い続けてきた小さくも、ささやかな努力が目に見えぬ怪物に呑み込まれてしまった。そのように思うのです。チェルノブイリ原発事故の教訓はどこへやら。愚しい日本を容認してきた大人達の責任、未来の子ども達の幸せを奪う行為と斗う術を知らぬままに過ごして来た自責の念、災害を背負う人々のことを案ずれば、大手振る頭脳明晰なる大人のすべての方々に欲を捨て原発NOと言ってくださいと願うばかりです。ヒッグス粒子で湧く昨今、人間として進化するとは、正しく生きるための発見であれと願わずにはいられません。絵本『スイミー』(レオ=レオニ/作、谷川俊太郎/訳)が頭をよぎります。小さな魚でも大勢の力は巨大な魚より大きな力になり得ること。勇気をもつこと。あきらめないこと。考えること……。

 人は一生にどれだけの出会いに遭遇するでしょうか。人生の最終ラウンドにかかる今、「絵本で子育て」センターに出会い、関わる著書、テキストから学ぶ絵本、グループの紹介絵本、『絵本フォーラム』の記事、「はばたきの会」活動報告等々、40年前に、この出会いが待っていると知る由もなく出会いに恵まれた新鮮な思いが巡ります。子ども達の幸せを願う手助けとなる「絵本講座」を架け橋として、丁寧に手づくりの小舟に「良い絵本」を乗せて、きれいな海原を望み静かに慎重に櫓をこぐ準備にかかりましょう。

 心に響いた二つのことばを座右の銘として。
 
 一つ、〈訴える〉、一つ、〈何のために〉、「絵本講座」の旅はこれからです。           
                                  (まつもと・みちこ)


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