小出裕章講演録


子どもを愛するすべての人へ 3

   

 
    小出裕章(こいで・ひろあき)
◆1949年、東京生まれ、東京育ち。高校生の頃、人類の未来は原子力の「平和」利用によって築かれる、そして「唯一の被爆国」である日本人こそが「平和」利用の先頭に立たなければならないと固く信じるようになる。1968年、嫌いな東京を離れ、東北大学工学部原子核工学科に入学する。その後、大学闘争と出会い、細分化された学問の実態に接することなどにより、自分の思い込みが誤りであったことを思い知らされる。
◆1974年に京都大学原子炉実験所助手になる。現在、同助教。
◆著書に『隠される原子力・核の真実|原子力の専門家が原発に反対するわけ』(創史社・2010)『放射能汚染の現実を超えて』(河出書房新社・2011)『原発のウソ』(扶桑社・同)『原発はいらない』(幻冬舎ルネッサンス新書・同)など多数。
       

 

 

 

 

 

 

 


          風に乗って流れてあちこち汚染していく

 いったいどんな汚染が生じたかというと、(図1を指して)ここにあるのが福島第一原子力発電所、半径20キロ、30キロ、60キロ、100キロ、160キロ、250キロだったかな、250キロだと思います。そんな円が書いてあるんですね。
 円なんて書いても実はその飛び出してきた放射性物質は同心円状に汚染を広げるわけではありません。風に乗って流れてあちこち汚染していくわけなので、一時期は南西の方角に放射能が流れていってこちら側にも汚染地帯をつくり、それからしばらくしたら今度は北西の方角に放射能が流れていって厖大な汚染地帯をここら辺につくった。そうこうするうちに風向きが変わって南に向かって流れて、ここのところは何かというと福島県の中通りと呼んでいるところで、両側に山があります。山に挟まれた谷あいなんですけれども、そこの谷あいをずっと流れ下って汚染を広げていったということになります。ここは福島県の福島、二本松、郡山という福島県内の人口密集地がずらっと並んでいるところですけれど、そこをずっと放射能が汚染をし続けていったということになります。そして福島県内を抜けて、栃木県の北部を汚染しました。さらに群馬県の北部を汚染したということになってこんな風に汚染をしているということなんですね。
 この汚染、いったいじゃあどれぐらいなのかというと、これは1uあたりどれだけの放射能で汚れているかということでこの色の表示を変えてあります。
 
            研究所内での管理区域を出る時には

 みなさん今、管理区域に入られましたね。まあ比較的、見た目でもきれいだったと思いますし、私なんかも管理区域にときどき入りますが、管理区域の中が放射能で汚れていたら私たちは落ち着いて実験もできませんので、なるべく管理区域の中といえどもきれいにしておこうと常日ごろ注意をしていて、あまり汚れないようにしています。でもまあ管理区域ですから放射能を使って汚れることもあるのですね。
 私はそこで仕事をして、もうこんな管理区域にいたくないからさっさと出ようと思っても実は出られない。みなさんも今日見てきたと思いますが、最後に出口にハンドフットクローズモニターというのがあって、手を入れて、手が汚れていないか、足が汚れていないか、場合によっては実験着が汚れていないかということを調べない限りあそこから出られない、ゲートが開かないということになっているわけです。
 例えば、私の手が放射能で汚れているとします。1uあたり4万ベクレルというのが基準値ですけれども、それ以上に私の手が汚れていたら、もう一度戻って流しに行って手を洗ってこいということになる。水で洗って落ちなければしょうがない、お湯で洗ってこい。お湯で洗っても落ちなければ石鹸をつけて洗えと。それでも汚れが取れないならもう手の皮が少しぐらい溶けたっていいから薬品をつけて汚染を取ってこい。取ってこない限りは外に出られないという、そういう法律だった。

      琵琶湖の2倍の面積が汚染され、失われてしまう

 では、この汚染はどうかというと、赤い所と黄色い所がありますね。その外側に緑っぽいというのでしょうか、そういうところがある。そこまでは1uあたり60万ベクレルですから、これは、完全に放射線管理区域です。みなさんが今日入った管理区域というのは、私のような特殊な人間が、特殊な仕事をするときに限って入っていい場所で、普通、みなさんは入っちゃいけない。もちろんあそこにみなさん入って水も飲まなかっただろうし食べ物を食べることもないと思う。そんなことはやってはいけない。子どもを連れ込むなんてことはやってはいけない、本当は。そこで子どもを産んだりするなんて論外だという、そういう場所が放射線管理区域なんです。これが、全部そうです。
 さすがに日本の国もこういうところからは人々を強制避難させるということになりました。琵琶湖の面積の約2倍の広さがあるんですが、そこから10万人近い人たちを今、避難させて避難所というところに押し込んでいるという状況なんです 。

                    ◆   ◇   ◆

 では、ほかのところはいったいどうなのかというと、もう厖大な汚染地帯ですね(図2)。管理区域の15倍というような汚染地帯がここです。ほかのところはどうなのかというと、この青いところ、そしてその周辺にちょっとどす黒いというか濁った緑色のところがありますけれども、そこのところまでが1uあたり3万ベクレルを超えているというので、要するにこういうところも本当は放射線の管理区域なのです。宮城県の北部にもあるし牡鹿半島もそうですけれども、分かりますか、みなさん。
 みなさんが今日入ったああいう場所に日本の法律を守るなら管理区域としなければいけないという汚染がこれだけ広がっている。福島県の東半分、宮城県と茨城県の南部・北部、さらに栃木県と群馬県の北部、埼玉県と千葉県と東京都の一部。そんなところをみんな管理区域にしなくてはいけない。つまり無人にするという、人々を追い出すということを、本当ならやらなければいけないという汚染がすでに生じている。
 いったいどんなふうにこの汚染が生じたかというと、たぶんこうだと思います。
 南西の方角に流れた放射能がずっと福島県の浜通りという海岸沿いを汚染して、茨城県、千葉県の辺りに汚染を広げて東京都の一部までそれが達している。北西に流れたものは風向きが反転して、中通りを汚染しながら、栃木県、群馬県、あるいは長野県の一帯までを汚染している。北に流れたものは牡鹿半島を、そして宮城県の北部というところに濃密な汚染をしている。

 どうしたらいいんですかね、こんな、この猛烈な汚染地帯、さっき管理区域の10倍、15倍だといった地域は、チェルノブイリ原子力発電所というところで事故が起きたときの強制避難地域に指定されたのとほぼ近い汚染地帯です。それがすでに琵琶湖の2倍の面積、そして日本の法律を厳密に適用するなら、福島県全域に匹敵するぐらいの土地を失う。そういうことになる。なんと私はみなさんに説明したらいいのか分からないけれど、要するに失われる、その土地は。


    放射能で汚染されたところはもう、戻ることはできない
 
 3・11という日は、地震と津波で被害が出ました。私はこの間、この宮城県の女川というところに行きました。何でそこに行ったかというと、女川という町に東北電力が原子力発電所を建てていて、私は学生のときに女川の町に住み込んで、東北電力の原子力発電所建設計画に反対をしていたときがありました。その町に40数年ぶりで戻りました。そしたら、町がなかった。海の町、漁師の町です。海岸にへばりつくようにみんな人が住んでいて町があったのですけれども、女川の駅すらもない。みんな流されてしまって、ぼう然としました。本当に廃墟、なんですね。それを〈死の町〉と呼んだ人がいて何か閣僚を辞めさせられたといいますけれども、本当に悲惨な姿でした。
 でも私はそこに立って、次に思ったんですね。この町には必ず人がすぐ帰ってくる。死んじゃった人もいるけれども生き延びた人もいて、今、避難所生活をしているわけですけれども、必ず人が帰ってきてここで町を再建する。漁業だって再建する。必ずできるし、必ずそうなると確信しました。でも、こういう放射能で汚染されたところはもう戻れない。失われてしまう。復興も何もできない土地が、こんなに広くある。     
     
    国家は、自分が決めた法律をいっさい反故にしてしまった


 日本というのは法治国家といっているのですね。法律が山ほどあり、それを破れば国家が処罰をするというのですね。
 たとえば、今日みなさんが入った放射線の管理区域の中にある放射性物質を私が管理区域の外にポケットかなんかに入れて持ち出すといったら、私は違法行為を働くわけですから処罰をされるはずです。それをみなさんに持って行って、みなさんを被曝させるようなことをすれば、私は国家の法律にのっとって処罰されるはずだった。
 もしそれなら、この法律を決めた国家は、法律を守るのは最低限の義務だと私は思うのですが、聞いていただいたように日本では一般の人々は1年間に1ミリシーベルト以上の被曝をしてはいけないし、させてはいけないという法律がありました。私がみなさんを1ミリシーベルト以上被曝させれば私は罰せられる、そういう法律です。それからさっきも聞いていただいたように放射線管理区域の中から何かを持ち出そうと思うなら、1uあたり4万ベクレルを超えているようなものは、いっさい持ち出してはいけない。放射線の管理区域の外側にそんな汚染物を存在させてはいけないというのが日本の法律だったのです。
 こういう法律を決めたのはもちろん日本の国家なわけで、この国家というものが原子力発電所は絶対安全ですと、事故なんて起こりません、安心しろよといって今日まで原子力発電所を造ってきた張本人ですが、今回の事故を受けてしまったら、私から見れば最大の犯罪者である国家は、自分が決めた法律をいっさい反故にしてしまった。本当にこんなことでいいのかなと、私は思います。(つづく)

           

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