小出裕章講演録


子どもを愛するすべての人へ 1

   

 
    小出裕章(こいで・ひろあき)
◆1949年、東京生まれ、東京育ち。高校生の頃、人類の未来は原子力の「平和」利用によって築かれる、そして「唯一の被爆国」である日本人こそが「平和」利用の先頭に立たなければならないと固く信じるようになる。1968年、嫌いな東京を離れ、東北大学工学部原子核工学科に入学する。その後、大学闘争と出会い、細分化された学問の実態に接することなどにより、自分の思い込みが誤りであったことを思い知らされる。
◆1974年に京都大学原子炉実験所助手になる。現在、同助教。
◆著書に『隠される原子力・核の真実|原子力の専門家が原発に反対するわけ』(創史社・2010)『放射能汚染の現実を超えて』(河出書房新社・2011)『原発のウソ』(扶桑社・同)『原発はいらない』(幻冬舎ルネッサンス新書・同)など多数。
       

 

 絵本講師の会「はばたきの会」の有志28名(小学生1名、新聞記者1名含む)は2011年10月11日、大阪府熊取町の京都大学原子炉実験所を訪ねました。敷地内にある廃棄物処理棟、研究用原子炉を見学の後、小出裕章先生にお話をうかがいました。(森ゆり子)

          原子力発電と火力発電は湯沸し装置                   

 

 図1:原子力発電と火力発電は湯沸し装置


 どうも、みなさんおつかれさまでした。現在、私は大変慌ただしく過ごしていて、あまり長くお相手する余裕がありません。でも福島のことをなにがしか話せということだそうですので、今の現状がどうなっているかということと、これから私が何をしたいかということを少しだけ聞いていただこうと思います。
  まず、もうこんなことはみなさんご存じだろうと思うけれども、原子力発電所というのは単なる湯沸し装置です。みなさんが家庭でお湯を沸かすのと一緒です。私も家庭でお湯を沸かします。やかんに水を入れてガスコンロにかけるとお湯が沸騰して蒸気が出てくる。私が使っているやかんは口のところに笛がついていて、沸騰するとピーッと音がし、ああ、沸騰したんだなと思ってそれでガスを消しに行くというようなことをやっています。 

 原子力発電所も火力発電所も結局は湯沸し装置です。火力発電所というのは配管のなかに水を流して、外側から石油、石炭、天然ガスを燃やして水を温めて蒸気を発生させ、噴き出してきた蒸気でやかんの笛ではなくてタービンという羽根車を回して、それにつながっている発電機で電気を起こしている。これだけです。原子力の場合も同じです。真ん中にあるのが原子炉圧力容器という鋼鉄製の容器、圧力釜です。その中にウランが入れてあって、ウランを核分裂させて出てきたエネルギーで水を沸騰させて蒸気にする。噴き出してきた蒸気でタービンを回す。それで発電する。これだけのことです。やっていることは、蒸気を出すということだけなのであって、200年前にジェームズ・ワットという人たちが蒸気機関というものを発明したのですが、その技術です。ですから非常に古めかしい技術を使ってやっている、それが原子力発電です。

 その上、原子力発電というのはとてつもなく効率が悪い蒸気機関です。普通は、現在電気出力100万キロワットというのが標準になっていますが、それはいったい何かというと、原子力発電所一基から電気が100万キロワット分出てくるよ、とそういう意味です。では、原子力発電所から出てくるというか、そこで発生しているエネルギーはどれだけなのか、この電気の図(図2)にありますように100万キロワット分だけなのかといえばそうではありません。実はそのほかに200万キロワット分の熱が原子炉の中では出ていて、それは単に捨てるという、何にも使うことができないまま捨てているのです。まあこんなことをいって私が原子力発電所のことに文句をいうと、じゃあお前んとこの原子炉は何をやってるんだ、というと、うちは今見てきてくださったと思いますが、最大出力で5メガワット、5千キロワットというのですけれども、その熱は全部捨てています。何にも使わないんですね。もちろん、電気も起こしません。ただただ私たちが実験をする、学問の道具に使うというだけの装置であって、なかなか馬鹿げた装置だなと思わないでもありません。でも、いずれにしてもこの原子力発電所というのは発生させたエネルギーのうち三分の一だけを電気にして、三分の二は捨てるしかない、そういう効率の悪い道具です。

 

 

図2:原子力発電所は効率の悪い蒸気機関
(電気出力100万kWの原発)



 






 


 こんな絵を描きましたけれども、これが原子力発電所だと思ってください。100万キロワットが電気になります。200万キロワットはどうなっているかというと、海を温めるために使う。そういう道具です。どうやって海を温めるかというと、海の水を配管で引き込んでいます。そして、復水器と呼ばれているところで、余った熱を海水に捨てて、温めて、それをまた海へ戻すということをやっている。(編集補足 …「復水器」蒸気タービンで動力として使用した水蒸気を冷却して水に戻す装置。水蒸気が急冷されて水に戻されることで体積が極端に減少し、装置内の圧力が低下する。この気圧差によって水蒸気の循環が促進され、タービンの回転効率が上昇する。(中略)日本の多くの発電施設では海水を使用しており、そのため施設が沿岸に設けられている。出典・新語時事用語辞典より)

                     ◆   ◇   ◆

 200万キロワット分を捨てているんですね。いったいどのくらいのエネルギーなのかというと、1秒間に70トンの海水の温度を7度上げています。70トンの海水ってみなさん想像できるでしょうか? 日本にはたくさんの川が流れている。みなさんも関西にお住まいの方だと思いますけれども、ご自宅の近くなんかにも川が流れているだろうと思います。でも、日本で1秒間に70トン以上の流量のある川というのは30本もありません。関西で一番大きな川は淀川だと思いますが、あの淀川にしても1秒間に150トンぐらいの流量しかありません。巨大な川ですよね。川幅がどれだけあるかと思うほどの川ですけれども、それでもせいぜい150トン。原子力発電所は一基できるたびに1秒間に70トンという巨大な大河が原子力発電所にできる。そして、その川の温度が7度上がっている。7度という温度をみなさん分かっていただけますか。例えばみなさんが今日これから家に帰って風呂に入りますね。ゆっくりご自分の好きな温度で風呂に入ってください。それからその風呂の温度を7度上げて、もう一度そのお風呂に入ってみてください。たぶん入れないですよね。ぬるめのお風呂が好きな人は38度とかそのぐらいで入っているだろうし、私は熱めが好きで43度ぐらいだと思うんですけれども、7度上げたら私はさすがに入れないと思うし、みなさんもたぶん入れない。

                     ◆   ◇   ◆

 日本は海に囲まれていて、海にはそれぞれ生き物が住んでいるんですね。魚もいれば、貝類だっているし、海草だってある。そういう生き物たちというのは、夜になって風呂に入るためにこの場所に来るわけじゃない。この場所が好きだからといってここで生きてきた生き物たちがいるわけですが、そこにいきなり適温より7度も高い巨大な川を流すということになるわけですからもちろんここに住むことができなくなります。逃げられる魚はもちろん別のところに逃げていくでしょうし、逃げられない海草などはここで死滅するということになるわけです。また別の海草が生えるし、別の魚が来るからいいじゃないかという話かもしれませんが、でもやられるほうとしてはずいぶん迷惑なことをやっていることになります。


          「原子力発電所」を正しく呼ぶと「海温め装置」


 
そして、この原子力発電所というのは100万キロワットだけが電気になって、残りの200万キロワットは海を温めているわけですから、本当のことを言うと〈原子力発電所〉ではなくて〈海温め装置〉と呼ばなければいけないということになる。私は何気なく原子力発電所なんていうことばを日頃使っていますが、福島第一原子力発電所も、本当のことをいうならば〈福島第一海温め装置〉と呼ばなければいけないようなものが今、日本中に建っているということになります。

図3:海暖め装置


 そして、問題は熱だけではないんですね。何よりも問題なのは、ウランを燃やしてしまうと核分裂生成物という放射能を作り出すということです。広島の原爆が爆発したときに燃えたウランの重量は800gです。手で持てますよね。みなさん誰でも手で持てます。それくらいのウランが燃えたら広島の街がなくなってしまった。それがものすごいことだったわけで、それを見て、私も含めて私たちはそのエネルギーを平和的に使ったら人類のために役に立つと思ったのですね。私なんかもなんとしても原子力発電をやりたいと思ってこんな場所へ足を踏み込んでしまったわけです。では原子力発電というものをやろうと思うといったいどれだけのウランを燃やすのかというと、100万キロワットといわれている普通の原子力発電所の一基を一年間運転するごとに1トンのウランを燃やすのです。広島の原爆で燃やしたウランのゆうに1000発分を超えるというようなウランを燃やさないと電気が出てこないという、そういう装置です。途方もないウランを燃やす。ウランとは地下に眠っている資源なんですけれども、厖大に燃やさないと要するに発電できないということで、原子力発電などというのは本当にこういう量でやっていったらすぐにウランがなくなってしまうという、それほど貧弱な資源です。私は、人類の未来は原子力発電が支えるなんて思ったのですが、とんでもない誤解で、化石燃料はまだまだ何百年分かはありますけれども、ウランなんていうものはすぐになくなってしまうという、そういうものなわけです。そして一方では資源がなくなると同時に、使ったウランは核分裂生成物という放射能に変わっていきます。広島原爆がばらまいた、ゆうに1000発分という放射能を毎年毎年ひとつの原子力発電所が作らなければ電気が出てこないという、そういうものなのです。

 そのため、原子力発電所というのは途方もなく危険だということで、どうしても都会には建てることができませんでした。そのため、どこに建てたかというとこんなところです。(つづく)

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