えほん育児日記
〜絵本フォーラム第78号(2011年09.10)より〜

「絵本で子育て」実践のはじまり

 「知識に恵まれ、沢山の知恵がつくように」、私の名前「知恵」には、両親のそんな願いが込められている。私はこの名前を大変気に入っている。でも、この名前の奥深い意味を、両親の願いを、本当に理解できるようになったのは、ほんの数年前のことだ。当時最も尊敬していた上司が、会議中ふとこんなことを言ったのがきっかけだ。「ただ知識があるというだけではいけない。その知識が知恵となって初めて実になる」この時、改めて私は「知恵」という自分の名前を辞書で調べた。知識が頭に入っているだけではなく、実際に自分で「ああ、こういうことか」と気付き理解することで、それは知恵になり、その後の人生に活かされていくということだ。

 2011 年 2 月 26 日、第 7 期「絵本講師・養成講座」芦屋会場の閉講式が行われた。臨月に入った私のお腹は、まあるく大きな弧を描いていた。何十年ぶりのいわゆる「卒業式」は清々しく、充実した気持ちを味わうことが出来た。妊娠がわかるまで、子どもとは一切無縁の生活をしてきた私にとって、「絵本講師・養成講座」は<母親養成講座>のようであった。そこで得た多くの学びは、まだ「知識」の状態で、まさにこれから実体験を持って理解を深め「知恵」として身につけていかねばならないものばかりだ。私にとって閉講式は、これから始まる「実践編」の開講式でもあった。

 私がそんな節目の日を無事迎えたことを見ていたかのように、閉講式の翌々日、 2 月 28 日、 2882 g、 47.3 pの元気な女の子が産まれた。初産にも関わらず、予定日より 3 週間も早く、病院に着いた 6 時間後には産声をあげた。細く頼りないけれど懸命な声をあげ、しわしわで真っ赤な娘が初めて胸に預けられた時は、本当に夢のようで、抱きしめたら壊れてしまうのではないかと思うほど小さく、一瞬どう抱っこすればよいか躊躇(とまど)ったほどだ。この子は、私と夫がいなければ生きていけないのだと思うと、それがとても儚くて、信じられないほど愛おしく思った。

 娘には『志帆(しほ)』と名付けた。命名にあたっては夫婦で悩み、悩んで、悩み抜いた。当たり前だが、私達が決めた名前が、娘の一生涯の名前になるのだ。生まれる前からいくつか候補は考えていたものの、実際顔を見ると、また違った名前も似合うような気がして一から考え直し、結局、役所への届け出期日である 2 週間ギリギリ最終日の前日に、やっと決めることが出来た。「自らの志をしっかり持ち、その志に向かって、帆を張って進んでほしい」と願いを込めた。いつか私のように、大人になって改めて名前の意味を理解できたとき、娘は何を思うのだろう。この名前を気に入ってくれるのだろうか。

 志帆は小さい身体で懸命に母乳を飲み、たっぷり寝て、大きな声で泣いて、「生きる」ことに全力の毎日だ。新人ママの私は情けないことに、自分の時間を自分のためではなく、娘のために使う生活へと変化したことに慣れるのに時間がかかった。頭では分かっていたはずだったが、実際リズムをつかむまでかなり体力を消耗した。幸い実家も近く、夫も協力的なので、甘えられる人が周囲にいる分、私は恵まれている方だと思うが、寝ぐずりで泣いてばかりの夜に、志帆と一緒に泣いたことも一度ではない。

 絵本も新生児の頃から毎日読んであげたいと思っていたのだが、とてもそんな余裕を持てずにいる。まさに体当たり奮闘中の日々である。子どもを産んで改めて思うことは、育ててくれた両親に対する感謝の気持ちである。両親もきっとこんな風に私の誕生を喜び、悩み抜いて『知恵』と名付け、毎日奮闘しながらも大切に育ててくれたのだ。「親の気持ち」というものを私も少し理解できるようになれたのだろうか。私の「絵本で子育て〜実践編〜」は、今まさにスタートを切ったばかりである。

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