えほん育児日記
〜絵本フォーラム第77号(2011年07.10)より〜

「絵本の世界」と再会を果たす

 「人生の転機」は多くの場合、思いがけないタイミングで訪れる。私の場合もそうだ。ほんの数年前「転機」は突然やってきた。そして私は記憶の片隅に置きざりにしていた「絵本の世界」と再会を果たすことになる……。

 私は大学卒業後、金融機関に就職し親元を離れ東京で暮らした。キャリアを邁進する女性に憧れ、結果重視のシビアな世界で、時に折れそうになりながらも踏ん張っていた。しかし 2009 年春、「サブプライム危機」の煽りを受け、突然会社の事業撤退が決まり仕事を失った。同僚の中には当時婚約中だった夫もいた。必然的にこれからの生き方を考え直すことになった。夫とはこのタイミングで入籍し、程無く彼の再就職が決まり、地元関西に戻った。そして私はこれを機に仕事をきっぱりと辞める決断をした。

 生活は一変し、自分のために使える時間が増えた。その時間で出来る事を探していたある日、「絵本で子育て」センターのホームページを見つけた。「そういえば、私はお母さんに毎晩絵本を読んでもらって育てられたな。私も子どもを授かる前に絵本に詳しくなっておきたい」、と直感即決、大変単純な動機で「絵本講師・養成講座」の受講申込書を書いた。

 その後、私は母親に電話を掛け、実家の押入れで眠ったままになっていた絵本を全て送ってもらった。そして、三十数年ぶりに大好きだった絵本達と再会を果たした。 100 冊余りの絵本を一冊ずつ開いてみると、母の声、間の取り方など記憶が鮮明に蘇った。「こんなに深い内容だったのか」と新たな発見ができた本もあった。当時自分で書いた「ちえ」の幼い文字も、破れてテープで修復されたページも全てが愛おしかった。溢れるように蘇る記憶に驚き、絵本ってすごいなと実感した。

 待ちに待った「絵本講師・養成講座」は初回から衝撃の連続だった。「知識や教養のある人とは、自分がいかに物事を知らないか、人に指摘される前に気が付ける人のことを指す」という藤井専任講師の言葉で目が覚めたような気がした。それなりに仕事も頑張れたと過剰な自信を持っていた自分が恥ずかしかった。課題リポート作成も私は非常に苦労をした。自分がいかに言葉を知らないか、日頃いかに物事を深く考えずに生きているか思い知らされた。

 子どもを授かる前にこの講座と出会えて本当に幸運だと思った。出会っていなければ、私は間違いなく子育ての本質を見誤っていただろう。競争社会で勝ち残れるようにとレールを敷き、我が子の人生を自分の願望で乱す母親になっていたはずだ。絵本との接し方も随分勘違いをしていたと気が付いた。「絵本で子育て」について学び続けることは、物事の本質を見極める力を養うための修行であるように思えた。

 そんな気付きを得た 2010 年 8 月、第 3 回講座を目前にした頃、私のお腹に新しい命が宿った。これまで味わったことのない幸せで心が満ちた。正直、初めは実感が湧かなかったが、お腹の赤ちゃんに絵本を読む時は、そこに居る小さな命の存在を強く意識することが出来た。私が赤ちゃんに絵本を読むと、夫も聴いていない素振りでジッと耳を傾けてくれた。そして「昔好きだった絵本を赤ちゃんに買ってあげたい。表紙の絵は思い出せるけれど、題名が何だったかなぁ……」とポツリ話してくれた。夫にもあった幼い頃の絵本の記憶。自分が好きだった絵本を我が子と読みたいと思ってくれた気持ち。それがとても温かくて大変感動した。

 お腹も目立つようになった頃、講座も大詰め、最終レポートの提出日が迫る。この学びは間違いなく私の人生の大きな「転機」となった。ここで得たことを、同世代の一人でも多くの人達に届けることが、私を成長させてくれた講師陣、先輩方、そして絵本に対する恩返しであるように思う。

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