えほん育児日記
〜絵本フォーラム第75号(2011年03.10)より〜

体験した気持ちが言葉になる瞬間

加藤 美帆(絵本講師)

  私が絵本講師になったのは、 2007 年 3 月。当時 1 歳だった長男も今年 6 歳、次男も 4 歳になります。この 5 年間は絵本講師としても、子育てをする母親としても、ほんとうにさまざまなことがありました。きっとこれからも、たくさんのことが起こってくるのでしょう。子育ても絵本講師としても、未熟で発展途上ですが、絵本で子育てをするうえで感じたこと、また絵本講師として思うことを少し記したいと思います。

 次男は 8 カ月の時に頭の中に大怪我をして、数次にわたる手術、入院と 2 歳になるまでほんとうにつらい時期がありました。そんな次男が一歳半位のときだったでしょうか。
  夜、窓辺で「パパ!パパ!」、と大きな声で呼んでいるのです。まだおしゃべりができなかった次男が声をあげたのです。何だろうと見てみると、それは中天にかかるお月さまでした。
  そのころ長男は、エリック・カールの『パパ、お月さまとって!』(偕成社)が大好きでよく読んでいました。次男は傍でよくそれを聴いていたのです。だから本物のお月さまを見たとき、「パパ!パパ!」って教えてくれようとしていたのですね。「パパ、お月さまとって!の絵本みたいだよ!」って。「あー!ほんとうだ。お月さまだね。よくわかったね。教えてくれたの?」って思わず私は思いっきり次男を抱きしめました。
  頭の中の怪我ということで、障害は残るだろうか、ちゃんと健やかに成長してくれるだろうかと、心配が尽きなかった私たち夫婦の不安を、一気に打ち消してくれる出来事でした。
  そのとき私は、こころの底から込み上げる喜びに打ち震えたことを、昨日のように鮮明に思い出すことができます。

 それを機に次男は、絵本は「舐めるもの」でも「破るもの」でもなく、楽しむもの、読んでもらうものとして、喜んで私のところに持ってくるようになりました。絵本を子どもと一緒に読んで、子どもが喜んでくれるのを感じることほどの温かい幸せはありません。
  親は、子どもが喜んでくれるから次は何を読もうか、子どもは親が楽しそうに読んでくれるから次は何を読んでもらおうか、そのような親子のこころの絆を結ぶ夜の「絵本タイム」は 5 年間続いています。 精神生活の活力の源泉になっているようです。
  「おかあさん。おかあさんって、えほんすきやなー」。
  つい先日、台所にいる私に長男がこう話しかけてきました。「なんで、そうおもうん?」ときいたら「だって、いつも読んでくれるもん」とこたえました。
  「そうちゃんは?」「うん。ぼくもすき!」と弾けた声が返ってきました。
  最近では「この絵本読んだら、なにか悲しい気持ちになるねん。でも読んで!」って。幼い心が揺さぶられているのでしょう。そういった子どもの気持ちに寄り添いながら一緒に絵本を読むのも成長を感じられるゆたかな時間です。

 今、霧島山系・新燃岳噴火のニュースが流れています。天災ほど怖いものはありません。私自身、阪神・淡路大震災を体験し、あの悲惨な光景は今もはっきりと目に焼き付いています。
  16 年前の阪神大震災があった年のことです。阪神間も少しずつ復興してきたころ、大学の帰りに立ち寄った本屋で何年振りかに絵本を手にとりました。『チョコレートをたべたさかな』という絵本でした。
  読んだ後、激しいショックを受けました。心の奥底に響いてきたものが、悲しみなのか、驚きなのか、とにかく「衝撃の絵本」との出会いでした。すぐ購入し、家でも何度も何度も読み返しました。読めば読むほど不思議な気持ちになり、胸が熱くなるのです。
  その絵本は輪廻(りんね)が描かれていました。はじめて現実と絵本とのつながりを感じたときでした。震災はショックでしたが、絵本を通して「生生流転」のことを考えさせられたのです。実体験が絵本により再現される・呼び起される。絵本の「ちから」をはじめて実感した瞬間でもありました。
  今、絵本講師として講座をする機会にも恵まれ、さまざまな活動をさせていただくなかでいつも気付きを得られています。まだまだ子育て中の身で、人生経験も乏しく、講座のなかでは言葉足らずでうまく伝えられないことも多くあります。反省ばかりですが、絵本講師として学んだことをしっかり念頭に置き、これからも学びを深めてきたいと思っています。そしてまっすぐな気持ちで子どもと一緒に絵本に向き合う日々を重ね、絵本講師として、絵本の持つ「ちから」や「素敵」を多くの人に伝えていけたらと願っております。

(かとう・みほ)

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