こども歳時記

〜絵本フォーラム73号(2010年11.10)より〜

いっしょにひとときを楽しむ

 夏休みもそろそろ終わりを告げる頃、図書館から「中学生向けブックトーク」の依頼が舞い込んできました。

 私も 3 人の子の母親ですが、いったいこの「中学生向け」というものほど難易度の高い依頼はあまり無いのではないでしょうか。親が奨めた本を素直に手に取る年齢ではなく…そもそも、読書自体を億劫に思っている子どもも少なからずいる年頃です。

 こんな時こそ、絵本の出番。「中学生だから読みたい絵本」というテーマで挑みました。

『ヤクーバとライオン』『っぽい』『ウィ・アー・ザ・ワールド物語』|絵本講師のみなさんがご存じのこれらを紹介していくうちに、最初は物憂げに聞いていた子どもたちが、だんだんと身を乗り出して来ました。特に、各書のもっとも聞いてほしいページを読み聞かせているときの真剣なまなざしには、幼子のような輝きが戻ってくるのが感じられます。

 なかでも、みんなが一等に気に入った絵本が、「ちいさなうさぎ」シリーズの第 2 作目『きみにあいにきたよ』(ナタリー・ラッセル/作、磯みゆき/訳、ポプラ社)。

「きょうは うれしくって とくべつなひ。だって、だいすきなひとに あえるんだもの!」帯の言葉を読み上げると、みんな照れくさそうに下を向きました。そこで、作者ラッセル氏のあとがき—「ともだちってとっても特別な存在ですよね。ほんとうに好きになれただれかがいたら、どんなときだって楽しいもの。(中略)けれど、ひとだって、うさぎだって、ひとりひとりが違う存在だってこと、だからこそ特別な関係になれるんだってこと、ついつい、わすれちゃうんですよね。…」という文章を紹介すると、恋愛に限らない「特別な存在」の話なのだと納得して、隣の子と微笑み合ったり、中には女の子同士手を繋いでいる子も。ひとり、ひとりが、自分のための物語として、絵本の世界を旅し始めた瞬間。講義室がひとつになったように感じられました。

 この時の反応がとても新鮮で、 20 日後に料亭で行った「大人のための絵本ライヴ」でも、この絵本を演目に加えました。築 150 年の町屋建築に隣した蔵。おはなしの蝋燭の灯りに照らされた大人たちの表情は、社会人としての責務に引き締まった面持ちから、それぞれの愛しい人を思い浮かべた「ちいさなうさぎ」の顔に・・・。周囲を気にすることも忘れて、微笑む。頭をかく。時には、涙を浮かべる。それぞれに小さな子どもに還って、物語世界に入り込んで行きます。

「私たちは、相手を思うあまりに、何でもしてあげたくなる。あれもこれもと欲張る。でも、本当に大切なのは、お互いを思いやって、いっしょにひとときを楽しむことでしょうね」読み終えた後で私がこう添えたときの、蔵全体の一体化した空気感は、まさにライヴの醍醐味そのものでした。

 絵本講座の講師としても、読み聞かせ会の演者としても、私は内容を詰め込み過ぎる傾向が多分にあります。「みなさんに沢山の思い出と学びをお持ち帰り頂きたい」と願ってのことなのですが、まるで幕の内弁当のようになってメインがぼけてしまいます。欲張るよりも、この絵本によってもたらされるような「一体感」をこそ、もっと大切にして行こうと思うこのごろです。

 この絵本の舞台は、枯れ葉散る晩秋。これからの季節、ぜひご一読を。

うつのみや かおり(絵本講師)


『きみにあいにきたよ』
(ポプラ社)

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