こども歳時記

〜絵本フォーラム72号(2010年09.10)より〜

子どもの特権「夢を抱く喜び」

 今年の夏、信州は“熱い”。それは「信州夏の陣」とばかりに長野県知事選挙活動が行われているからです。

 立候補したのは、民主党が支援する官僚出身候補、自民党が支援する官僚出身候補、そして後ろ盾なく真正市民派として挑戦する民間出身の候補の3名。官僚出身の候補者には、時の人、蓮舫さんや小泉進次郎さんをはじめとした大物政治家が続々と長野入りする中、「民間経営者の手腕を、そして県民一人ひとり弱い者の目線に立って優しい県政を」と連日訴えているのが、唯一民間から挑戦する『いわさきちひろ』のご子息、松本猛さん。

 安曇野ちひろ美術館の前館長として、母・ちひろの子どもへの愛情、反戦の思いをしっかりと受け継いでいる松本さんは、「読み聞かせ」や「読書への取り組み」、「大人と子どものふれあいの時間」の重要性を、藤原正彦さんの『祖国とは国語』の例を挙げながら、強く強く訴えておられます。

 その演説を聴きながら「そうだ、そうだ!松本さんが県知事になったら、大人も子どもも、きっと幸せになるに違いない!」と胸を躍らすこのごろ。この新聞が発行されるころ…どのような結果となっているかな?と思いながら、今回ご紹介する本はその松本さんの友人でもある窪島誠一郎さんの『約束「無言館への坂をのぼって」』です。

 長野県上田市の美しい山々をのぞみ緑深い丘の上にたたずむ、戦没画学生の慰霊美術館「無言館」館主の窪島誠一郎さん。この美術館には窪島さんが全国中を尋ね歩いて、画学生の遺族からお預かりした絵画作品が多数収められています。では、なぜ、窪島さんは、この「無言館」を開設したのか―? この絵本には、その軌跡が綴られています。

 <1945年8月15日 戦争が終わった ぼくは4歳だった><焼けた家をさがしてとぼとぼと歩いた>と、幼少時を振り返り<家は貧乏だった いつもぼろぼろのシャツ 冬でも同じ一枚のシャツ><みんなに仲間外れにされた いつも校舎の片すみで メソメソ シクシク 泣いていた>と回想する窪島さんは、ある日、中学の担任の先生の言葉で、人生が開けるような“夢”を持ちます。

 そして、窪島少年は常に夢を胸に、回り道をしながら青年となり大人となり…抱いていた素晴らしいその夢を気づけば実現させ、最後に<とうのむかしに死んじゃった>大切な両親の笑顔を感じるのです。
  絵本に紹介されている戦没画学生の「もっと生きたい」「もっと絵を描いていたい」という、心の底から絞り出すような叫びも胸をつきますが、それ以上に、子どもを見守る大人の存在の大切さ、子どもの特権である“夢を抱く喜び”がこの絵本から伝わります。

 先日、窪島さんは「「いのち」は「命」と書くけれど、ぼくは「生命」と書く「いのち」の大切さを訴えてゆきたいんだ―」とおっしゃいました。私も、活き活きと輝く「生命」を見つめ活動する絵本講師でありたいと思います。

(長野県 東京5期 大久保広子)


『約束』
(アリス館)

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