絵本のちから 過本の可能性

「絵本フォーラム」70号・2010.05.10

あの時踏み出して本当によかった
中村 史(芦屋 6期)

 1973年高知県生まれ。高知市の「ホキ文庫」に通い、「子どもの本を語る高知大会」を企画する大人たちの熱気を間近に感じて十代を過ごす。奈良女子大学文学部国語国文学科卒業。県立高校教諭を経て、現在は3人の子どもの子育て中。「NPO法人高知こどもの図書館」会員。兵庫県在住。



  この一年、学びの傍らには、常に、子ども時代からの記憶が、一筋の道となって見えていたように思います。私の子どもから大人への日々には、いつも本がそばにありました。本の世界に没頭し、言葉の持つ力を心に深く感じては、自らも言葉で表現することに喜びを見出していました。一方、周りの人から何気なく発せられた言葉の意味を厳密にとらえて、傷つくこともたくさんありました。それでも、人と関わりたいと思い、未来に希望をいっぱいもって子ども時代を過ごせていたのは、たくさんのすばらしい本に出会えたから、そして、その出会いに信頼できる大人が関わっていたからだと思います。

 大学では文学部で物語文学を専攻し、仕事も、物語と言葉の魅力を高校生に伝えたいと、地元県立高校の国語教師を選びました。高校生たちに古典文学を読み解いていくのは、やりがいのある仕事でした。数年後、結婚を機に、兵庫県に転居することになり、教職は退くことになりましたが、もっと本に近い仕事をするための転職のつもりで、新たに目標を掲げて、自学を始めました。教員時代から一転して、ゆったり時間の流れる生活でした。雨が降ったら雨を、晴れた日には陽の光を楽しんだ子どもの頃を思い出しながら、時間割を組んで瀬田貞二の『落穂ひろい』などの講読をしたり、さまざまな絵本作家や児童文学作家の展覧会や講演に出かけたりしました。やがて始まった子育ての日々にも、思いは持ち続けていましたが、そんなとき出会ったのが、新聞記事で見た絵本講師という仕事でした。資料を送っていただいて詳しく読んでみると、絵本の魅力を語るにとどまらず、絵本の読み聞かせを通じて、親子にふれあいを、家庭に言葉をとりもどすという絵本講師の活動方針に、心を惹かれました。応募を決める時期は、末の子が生まれたばかりでしたが、思い切って応募することにしました。そして、あの時、踏み出して、本当によかったと思っています。

 講座で得たものはたくさんありますが、とりわけ大切にしようと思っているのは、第一回の講座での、中川正文先生のお話です。先生は、絵本講師としての心構え、また、大人として謙虚であれということを、お話されました。大人というだけで思いあがってはいけないという先生の言葉は、講座のテーマを超えて心に響きました。謙虚であること、誠実であることを胸に刻んで、学びに向かいましたが、そうでなければ道は見えてこないという真理は、学ぶほどにはっきりと感じました。

 講座では、課題リポートがありました。リポートを書くためには、どのような価値観を持つか、どのような言葉で語るか、納得のいくまで考えることを迫られました。リポートを書くなかで、子どもの頃に感じていたこと、大学で学んだこと、仕事を通じての経験、高校生の頃から書きためた、本に関わる方々の講演メモなどが、私のなかで精選され、一本の筋の通ったものに整理されていきました。それは、自分を再確認し、これから何をすべきかを明確にする作業でもありました。子どもと本の橋渡しをする大人になりたいという思いは、私のなかにずっとありましたが、この講座に出会って、活動の形がはっきりと見えてくるのが嬉しくてなりませんでした。

 修了した今、何と豊かな学びの一年であったかとしみじみと思っています。子どものこと、そして本というものについて改めて考え学ぶうちに、絵本講師として家庭における絵本の読み聞かせの大切さを広く伝えていく心構えも、少しずつできてきました。多数の見知らぬ人に思いを伝えるというのは、勇気のいることですが、今、その勇気がどんどんわいてくるのです。勇気のもとは、毎回のリポートの講評をしてくださった藤井先生の言葉や、グループワークで知り合った他の受講生たちとの交流、そして私の学びを自分のことのように喜び、支えてくれる夫の存在です。

 絵本講師の活動は、絵本に限定したものではなく、子どもが確かに生きて確かに育つことに関わるものです。それは、子どもが本当の意味で大切にされる社会を作りたいという一人の大人としての私の信念と、重なるところです。子どもには、絵本であれ、児童文学であれ、ほんとうによい本、生きる糧になる絵本と出会って欲しいと思います。「絵本講師・養成講座」を受講して、その思いはより強く、はっきりとしてきました。これまでの経験と、自分が大切にしてきたことを生かしながら、私にできる一番の伝え方で、活動をしていこうと思います。そして、この講座で得た仲間たちと、これからも学び続けて行けることを、とても楽しみにしています。


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