こども歳時記

〜絵本フォーラム第68号(2010年01.10)より〜

家族の役割って何でしょう?

 新年を迎え、今年もたくさんの年賀状が手元に届けられました。それらに描かれた勇ましい虎の姿を見ていると、学生時代に好んで読んでいた中島敦の『山月記』を思い出しました。

 唐の伝奇小説『人虎伝』を素材に書かれたこの小説は主人公の詩人・李徴 (りちょう) が詩作と葛藤の末、こころを狂わせ虎になってしまうという何とも奇妙な展開でありますが、私は心惹かれるものがありました。

 『山月記』をはじめ、近代の日本文学を読んでいると「動物変化」ものを目にしますが、昔の日本では、動物(畜生)に成り下がるということは、人間としてもっとも忌まわしいことだったようです。

 さて、最近では「動物変化願望」を持つ子どもたちが多いようです。と言うとビックリされる方も多いと思いますが、それは“ごっこ遊び”のなかでの出来事です。

 むかしも今も、幼い子どもたちの間で人気の“お母さんごっこ” (今では“家族ごっこ”と呼ぶところもあるようです) ですが、私たちの幼い頃の一番人気はお母さん役と相場が決まっていました。しかし最近では、その地位は揺らぎワンちゃん役や猫ちゃん役に取って代わられそうなのです。

 ではなぜ、ペットの役が人気なのでしょう。それは現在の家族関係を見ていくと答えが出てくるのではないでしょか。現在の子どもたちの多くは、小学校入学前から読み書きはもちろん、その他のお稽古ごとに忙しい様子です。もちろん親子でたのしみながらしているという方もいるでしょう。

でもそれが、子どもへの評価となりその成績が自分の価値(存在理由)だと子ども自身が感じてしまったら…。お母(父)さんは、自分を採点・評価するだけの人と思っていたのなら…。

 親子、兄弟それぞれに忙しくコミュニケーションのとりづらい生活の中で、ペットの犬や猫だけが無条件で愛される存在だと子どもたちは感じているのかもしれません。

 『にぐるまひいて』 (ドナルド・ホール / ぶん バーバラ・クーニー / え もきかずこ / やく、ほるぷ出版) は古きよきアメリカの生活が、やさしい語りと美しい絵で描かれています。国や時代は違っても本来の人間の営み、家族のあるべき姿というものを心に呼び覚ましてくれるすばらしい絵本です。

 父は父らしく。母は母らしく。子は子らしく。そして、家畜は家畜らしく…。

 この絵本に描かれている、生活そのものを落ち着いて営んでいる子どもは、さて、“何役”を望むのでしょうか。

大長咲子 ( だいちょう・さきこ)


『にぐるまひいて』
(彫るぷ出版)
   

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