えほん育児日記
〜絵本フォーラム第66号(2009年09.10)より〜

絵本タイムは子どもと向き合うきっかけの一つ

岡部 雅子(絵本講師)

 子どもと絵本を読むようになって9年になります。子どもと絵本を読み、さらに絵本講師の活動を始めたいきさつをお話しします。

 幼い頃を振り返ると児童館の小さい本棚の前で加古里子さんの絵本を自分で読んだことを鮮明に思い出します。誰かに読んでもらった思い出がありませんから、誕生した我が子に絵本を読んでやるということを思いつきませんでした。ブックスタートも知りませんでした。産後すぐに、夫の転勤で、九州の社宅に引っ越しました。そこでは、先輩ママたちが、テレビを消して絵本と木のおもちゃで子育てをしていたのです。彼女たちの影響を受け、知育的な効果を期待しつつ、長女が一歳のお誕生を迎えた頃から絵本を読むようになりました。初めの頃は、読んだあとにお昼寝を強制したり、最後まできちんと聴くことを強要したりもしました(笑)。そんな試行錯誤を繰り返すうちに、娘が絵本を読んでもらうことに慣れてきたことに気付きました。私の読む声と絵とが関連しているのがわかったのか、おとなしく絵に見入るようになったのです。そして、お散歩で本物のちょうちょや飛行機などを見たあと、絵本を広げて一緒だと示すようになりました。そんなふうに、絵本は、まだおしゃべりできない娘と私とのコミュニケーションツールになったのです。

 それから一年ほど経って、長女が二歳を過ぎた頃、また転勤で、関西に引っ越しました。幼い子でも環境の変化がわかるんですね。忙しくしている私の傍を片時も離れず、何冊もの絵本を積み上げ読んでとせがむのです。それも一日中。お友達にも会えなくなって、周りの景色もお家の中も変わってしまって、娘にとって変わらないのは絵本だけだったのでしょうね。絵本への執着は、一ヶ月あまり、ちょうど家の中が片付いて散歩に出かける余裕ができた頃まで続いたのです。このことから、絵本は楽しいだけでなく、子どもの心の奥深いところに届く何かを持っていると思うようになり、読んでと言われた時は手を止めてできるだけ丁寧に読むようにしました。

 「絵本講師・養成講座」受講生募集の案内を知ったのは、長女5歳、次女2歳になった頃でした。作家や小児科医などの講師陣から学んだことは、頑なだった私のこころに柔軟さを与えてくれ、絵本について漠然と感じていたことを確信に変えてくれました。柳田邦男氏「絵本は人生に三度」、飫肥糺氏「大人こそ絵本を読もう」、松居直氏「絵本は読んでもらうもの」、これらの言葉は衝撃的でした。これまでは、子どものために読んできたのです。絵本は子どものものと思い込んでいたのです。大人の私も楽しんでいいんだと思ったとたん、気が楽になりました。共に楽しんでいい時間だと思うと、絵本タイムが心から楽しくなりました。絵本からのメッセージが心にしみるようになりました。子どもの気持ちや子育てのヒントが、いろんな育児書を読んでもわからなかったことが、頭では分かってもできなかったことが、絵本の中にちゃんとかいてあるんです。養成講座で学び、子どもとの今を楽しむということがやっとわかりました。絵本を共に読むことは、共に今を生きることだったのです。

 養成講座修了後、学んだこと感じたことを伝えたいと絵本講師の活動を始めました。活動を通して出会った方の体験談・後日談からいろんな楽しみ方があることに気付かされます。例えば、三人兄弟の上の子(小二)に読んであげようかと声をかけたら、「え、いいの!」と喜んでくれたこと。小三の息子に長編を読み始めたら、次の日も続きを楽しみに待っていてくれたこと。小四の息子に幼児期以来の読み聞かせをしたら、寝顔までにこにこだったこと。など。絵本タイムを親子ふれあいの時間と捉え楽しんでいらっしゃる様子を窺い知ることができます。また、後日談を寄せてくださるお母さんの顔の嬉しそうなこと。私も含め母親は、子どもとのこんなささやかな喜びがあるからこそ、他者を慈しむこころを育み、明日への希望を抱いていけるのかもしれません。子どもも安心感や自尊感情を、あるいは自分の居場所のあることを感じているのでしょう。共に絵本を読むそのわずかな時間に、お互いの存在を再確認できるのです。絵本タイムは子どもと向き合うきっかけの一つです。そして、子どもの成長と共に、お母さんもいろんな本に出会うチャンスがあります。そんなことを伝えたいと思っています。(おかべ・まさこ)    

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