こども歳時記

〜絵本フォーラム第65号(2009年07.10)より〜

自分の中の子ども心に訴えかけるような絵本

 子どものためにと読んでいる絵本が、気がつけば自分のためになっていると感じることも多いのではないでしょうか。癒され、好奇心を掻き立てられ、自分の中の子ども心に訴えかけるような絵本もあれば、社会の現実をテーマにした絵本には、人として親として自分がどうあるべきかを考えさせられます。

 『しらんぷり』(梅田俊作・佳子/作・絵、ポプラ社)は、「いじめ」をテーマに 219ページにわたり全編モノクロで描かれた絵本です。

 小学 6年生の教室。4人組にいじめられるドンチャン。「ぼく」は、ドンチャンがやられるままになっているのを見て見ぬふりをします。口に出したら今度は自分がやられそうだから。ドンチャンは6年の2学期の終わりに、とうとう転校してしまいます。「ぼく」は自分の気持ちに整理をつけるため、卒業式前日のリハーサルの時に、全校生徒の前で手を挙げ、こう言うのです。

《「ぼくは、勇気がなくて……、友だちがいじめられているのに、しらんぷりばかり……、してて……」「いじめられたら、転校するしかないなんて……、そんなの、おかしいのに……。このまま、しらんぷりしたまま、卒業して……、こんな気持ちのままで、中学生になるのは、いやで……、だから……」》

 いじめる人、いじめられる人、しらんぷりする人、親、教師、屋台のおじさん——登場人物の態度や言葉は、「ぼく」の心を揺さぶります。いじめるほうが悪い、やられたらやり返せばいい、嫌なら嫌だと言えばいい? 「いじめ」に真正面から向き合っているこの本を読むと、そんな言葉で簡単に解決されるものではないことに気づかされます。


『しらんぷり』
(ポプラ社)

『愛するということ』
(紀伊国屋書店)
  

 近年、子どもたちが携帯電話のメールやインターネットを利用する機会が急激にふえ、「ネット上のいじめ」という新しい形のいじめが深刻化しています。被害者にも加害者にも簡単になり得る「いじめ」から、私たち大人は、子どもたちをどのように守り、どんな態度で接していけばいいのでしょう。

 私たちは、できるだけ他の人と考えを違わないようにし、密着することで身の安全を確保しがちです。それなのに、どこか孤独で不安定感を感じることがあります。「いじめ」は、その孤独や不安定感からの脱出を歪んだ形で表したものといえるかもしれません。

 『愛するということ』(エーリッヒ・フロム/著、鈴木晶/訳、紀伊国屋書店)に、《人は意識のうえでは愛されないことを恐れているが、ほんとうは、無意識のなかで、愛することを恐れているのである。愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に、全面的に自分をゆだねることである。愛とは信念の行為であり、わずかな信念しかもっていない人は、わずかしか愛することができない。》とあります。

 「愛は、技術であり、習練するものである」と著者はいいます。親子愛、異性愛、友人愛——自分以外の人に対し、気遣いや、尊敬、理解をもって、能動的に愛してみませんか?「どうすれば愛される人間になるか」ではなく、「どうすれば人を愛せるようになるか」を意識することで、何かが変わる気がするのです。こんな時代だからこそ、愛の可能性を信じて。

(絵本講師/きた・もとこ)


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