こども歳時記

〜絵本フォーラム第63号(2009年03.10)より〜

 

 木々も芽吹き始めました。子どもたちも進学、進級と新しい環境にワクワク・ドキドキの季節です。中には大きな不安感をもつ子もいるでしょう。
  そんな心細い思いを、張りつめた心を、お母さん、お父さんがやさしく包んであげてください。抱っこしたり、手をつないだり、絵本を読んだりしてあげましょう。
  やさしい声に包まれることは、抱っこやおんぶと同じように、安心できて心がホッとなり元気がでてきます。

 砂漠や岩場では育たない植物でも、土なら育ちます。ましてやよく耕してある畑なら、天をさしてすくすく伸びます。子どもにとっての「土」は、安心できる家庭環境ではないでしょうか。
  受け止めてくれる人、見守ってくれる人がいると安心できるからこそ、友だちとのびのびと遊べるのです。好奇心を膨らませて行動し、失敗体験も繰り返すことができます。
  私たち大人は、子どもたちが元気に育つことのできる肥沃な「土=畑」を用意しているでしょうか。

 現代の家庭が失ったものを取り戻す活動が様ざま生まれています。「早寝早起き朝ごはん」「オアシス運動」「親子の日」などなど。
  当たり前の生活をしている人にとって「何をわざわざ」というようなことばかりですね。それをわざわざ強調しなければいけないほど、家庭から当たり前の生活が消えてしまいました。
  そんな中で子どもたちは〈今〉を生きています。子どもたちは、何を見て・聴いて・読んで・感じて「子ども時代」を生きているのでしょうか。不安に駆られない大人は少なくないと思います。


『モチモチの木』
(岩崎書店)

『ゆきみち』
(ほるぷ出版)
  

 何を普通で当たり前と感じ、何をおかしい・変だと感じているのでしょう。ある調査によると「死んだ人間が生き返る」と答えた小学生が 15%もいたり、人を殺す経験がしてみたいと殺人をしたり、「無人自動車」の走行と通報された小学生の無免許運転など、私たちの「当たり前」では考えられない「異常」事態が増えてきました。

 子どもたちは豊かな「子ども時代」を生きる権利を持っていると思います。多様な判断材料を持たないうちから、大人と同じ情報や物事の決定権を持たせてはいけないと思います。
  豊かな体験とは、真っ当な大人になっていくための必須条件だと考えます。それは、日々繰り返されている日常生活に始まり、自然や周りの人との関わり、耳から入る言葉の蓄積、様ざまな感情体験ではないでしょうか。昔なら普通にあった子どもの育つ環境も、今は意識して大人の責任で整えなくてはなりません。

 そんな現代ですから、絵本をいっぱい読んであげてください。すぐれた絵本には、作者が選びぬいた言葉と絵があり、理屈やお説教ではなく、子どもにもわかるように、書いてあります。

 古き良き時代のある家族の一年間の暮らしぶりを描いた『にぐるまひいて』や、子育て中の梟の親子を描いた『しまふくろうのみずうみ』などを読みますと、地に足のついた日々の暮らしや、生きていくことの土台になるような思いが胸に迫ります。
  『モチモチの木』のじさまは、最後にこう言います。「〈略〉にんげん、やさしささえあれば、やらなきゃならねえことは、きっと、やるもんだ。〈略〉」。また『ゆきみち』のばあちゃんは「おうおう、いたかったのう。〈略〉うんとなくがええ、うんとないておぼえておくんじゃよ」。お母さん、お父さんの声が子どもたちの心に届きますように。

(まつもと・なおみ)


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