絵本のちから 過本の可能性
「絵本フォーラム」57号・2008.03.10

絵本は読んでもらうもの
「絵本講師・養成講座」を受講
宇都宮 恵子

■ 宇都宮 恵子(うつのみや・けいこ)

1970年、大学卒業後は専業主婦として子育てに専念する。
1978年、公文式宇和教室を開設し現在に至る。
1981年、自宅に「公文文庫」を開設。
2008年芦屋4期『絵本講師・養成講座』修了。


何も考えないで行ってごらんなさい人生観が変わりますよ

 一昨年の十二月、いつものように和やかに行われた公文の講習会でしたが、一つだけ大きく違っていました。それは同輩の指導者で3期受講生の福田陽さんに絵本の読み聞かせをしてもらったことです。その時私たちは読み手を通して伝わってくる不思議な温もりに魅了されてしまいました。そこにはドクドクと脈打つ命のようなものさえ感じたのです。 私たちは絵本の価値を充分知っている筈でした。実際教室では読み聞かせの時間を持ち、読み手の私たちも、聞き手の子どもたちも共に楽しい時を過ごします。それでもその時味わった絵本の魅力は格別のものでした。それは私の心に新しい光が差し込んだ瞬間でもありました。

 「私も絵本講座を受講してあのようなすばらしい絵本の読み聞かせが出来るようになりたい。あの不思議の正体を知りたい」募る想いが私を誘います。しかし現実に戻ると三十年間教室と家庭の往復しかしてこなかった私にとっては遠い道程(みちのり)です。「何も考えないで行ってごらんなさい。人生観が変わりますよ」迷っている私に福田さんはそう言って後押しをしてくださいました。

 講座は一回目から感動の連続でした。「今この瞬間にも悲鳴をあげて助けを求めている沢山の子どもたちがいます」藤井専任講師の言葉は胸に迫るものがありました。そして今まで抱いていた不安や危惧が少しずつ明らかになっていくのを感じます。

私の膝を暖めた至福の時それは本来、親に与えられた特権

 「どんな世の中になっても決して変わってはいけないものがある。それは子どもが可愛いがられることです」松野正子先生はおっしゃいました。私も微力ながら《子どもの心からの笑顔に会える教室》を目指しています。 今も昔も子を想う親心に変わりはありませんが、電子メールやゲームの蔓延が親子の距離を少しずつ広げている不安を感じます。片岡直樹先生は講演の中で、映像(テレビ・ビデオ)や機械音(CDなど)ばかりの環境では子どもの心は破壊されてしまうと、その恐怖の実態を専門家の立場から聞かせていただき、大きな衝撃を受けました。

 思いやりの心や豊かな感受性・相手や目上の人を敬う心など、テレビやビデオに子守りをさせては育たないのでは……という思いは間違っていなかった、と実感させられもしました。

 公文式教室で子どもの指導を任された者として、どの子にも幸せな子ども時代を送って欲しい、自立心と生きる力を身に付けた大人になってもらいたいと願い続けてきました。「絵本講座」は私の仕事の三十年間の集大成でもありました。

 ——不本意ながら母親の愛情を受けられなかった幸太くんは大学生になり、私の膝の上で聴いていた『ねずみくんのチョッキ』で救われたと言ってくれました。二十代で社会的な要職にある美咲ちゃんのお母さんは「二才から先生の膝の上で読んでもろうた絵本のおかげで、娘はしんどいことも乗り越えとらい」と話されました。今二才の誉くんは私といつも見ている絵本を母親と迎えに来てくれた一才の弟に、私と同じ口調で話して聞かせ、まわりの大人を和やかな笑いへと誘ってくれます。

 思えば何人の子どもがこの膝を暖め、私に至福の時を味わせてくれたことでしょう。でもそれは本来、親に与えられた特権のように思うのです。一年間はこれまで味わったことのない夢のような贅沢な日々でした。講師の先生方のお話は一言たりとも聞き逃したくないほど人間味に溢れていて感動的なものでした。その上、絵本作家の生の声で読み聞かせをしていただくという大特典まで付いています。

大切にしてもらった記憶をたぐり寄せ優しい気持ちを取り戻すためのもの

 ユーモラスに、そして切々と絵本の果たす役割りの重大さを語ってくださった中川正文先生に『ごろはちだいみょうじん』を読み聞かせていただいた時、記憶の底に眠っていた、子どもの頃、父の膝の中で夢ごこちで聴いた昔話の世界を思い出し、こみあげてくる熱い感情も味わいました。その父が同じように膝の上でとんち話などを聞かせ、目を細めて可愛がってくれた息子は、私の読む絵本も大好きで、毎日毎日絵本との楽しい時間を過ごしました。晩年父は日記の中に「孫は娘をはじめ家族が愛情込めて育てたが理想のように育ってくれた。私のすべては孫に受け継がれていくだろう」と記してくれていました。

 絵本は読んでもらうもの。いくつになっても、そして時々は大人になっても読んでもらうもの。講座はそれを何度となく痛感させてくれました。それは、子どもの頃大事にしてもらった記憶をたぐり寄せて優しい気持ちを取り戻すためのようにも思います。

 親子が喜びを共有して絆を強め、心を育ててくれる絵本の世界へ子育て中のお母さんたちを誘(いざな)うことで恩返しが出来るでしょうか。だとすれば、何と素敵な人生の目標をいただいたことでしょう。こうしてはいられない。今静かな闘志が湧いて来るのを感じています。

・『ねずみくんのチョッキ』(なかえよしお/作、上野紀子/絵、ポプラ社)
・『ごろはちだいみょうじん』(中川正文/作、梶山俊夫/絵、福音館書店)


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