自信と愛と志

 青少年による凶悪事件をニュースで目にするたびに、「この若者は、自分の心に『自信と愛と志』を持っているのだろうか」と、私は悲しい思いでいっぱいになります。

 自分に対する自信——。他者に対する愛——。そして、こんなふうに生きていきたいという志——。この3つさえあれば、間違ったことなどしない。少なくとも、人を殺めることなど絶対にしないと思うのです。そういう意味では、それまで親や教師は、彼と一体どういう関わり方をしてきたのだろうかと、私は強い憤りすら感じてしまいます。

 第二次大戦後の昭和の時代は、まさに「経済優先、効率優先、学歴優先」の世の中だったと言えるでしょう。それは、便利で快適な生活を夢見て、誰もが懸命に働いた時代です。そして、貧しかった暮らしが目に見えて向上し、貪欲に上を目指す風潮がますます勢いづいていった時代でもあります。まさしく、努力して高い学歴を獲得すれば将来の地位と幸福が約束されると、誰もが固く信じていた時代と言ってもよいでしょう。すなわち、学校も家庭も「教える」ばかりに目がいって、「育てる」が次第に疎かにされていった時代でもあったのです。

 残念ながら、そうした世の中の流れは、平成の時代となった今でも大きく変わっていないような気がします。心配なのは、そうした流れに新たな風潮——、すなわち面倒なことは「任せる」とか、自分が「楽しむ」とかの風潮が加わってきたように感じることです。もちろん、「任せる」にしても「楽しむ」にしても悪いことではありません。しかし、度が過ぎては困ります。なぜなら、子育てを他人に任せることはできないし、楽しむ子育てだけで子どもが立派に成長するはずはないからです。

 我が家の三人の息子達も高校・大学に進学し、子育てもやっと一段落の時期を迎えました。もちろん、便利で快適な子育てなどありません。手間もかかったし、面倒なこと、右往左往したことの連続でした。楽しむどころか、振り回されていたといっても良いでしょう。それでも今にして振り返れば、彼らは私達夫婦の人生を充実した楽しいものにしてくれたという感謝の思いでいっぱいです。

 息子らの子育てにあたり、私と妻は「教える」よりも「育てる」、「残す」を大切にしてきました。すなわち、「嬉しかったこと、悲しかったこと、怒ったこと、つらかったこと、頑張ったこと、失敗したこと、褒められたこと、叱られたこと、悔しかったこと、恥ずかしかったこと、恐かったこと、感謝したこと、そして感謝されたこと」——。そういう数多くの体験や実感を通して、親として時に励まし、時に叱り、時に抱きしめながら、生きていく上で何が大切かを彼らが自ら考え、学び、身につけていけるように心がけてきました。

 言うまでもなく、子育てにマニュアルなどありません。親は誰しも、我が家同様、試行錯誤を繰り返しながら、我が子のために良かれと信じて子育てをするのです。大切なのは、成長した我が子に、親の目から見て『自信と愛と志』を感じるか——。すなわち、4S2Y(誠実・責任・信頼・正義・やさしさ・勇気)を感じるか——。感じられれば、少なくとも間違った子育てはしてこなかったということでしょう。

 絵本『せなかをとんとん』(最上一平/作、長谷川知子/絵、ポプラ社)には、4S2Yの全てが出てきます。もちろん、主人公の〈しんぺい〉は、『自信と愛と志』に満ちた子どもです。親なら誰しも、こういう子どもであって欲しいと願うのではないでしょうか。

 
「絵本フォーラム」55号・2007.11.10

鈴木一作氏のリレーエッセイ(絵本フォーラム27号より)一日半歩

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