おかあさん、おとうさん

 日本ではその昔、「神」を「日身(かみ)」と書いたそうです。「か」というのは、「かか」や「かっかっ」に由来する言葉で、元々は太陽が真っ赤に燃えている様子を示す擬態語でした。すなわち、「神」とは太陽そのものだったと、東洋思想家の境野勝悟氏は述べています。

 氏によれば、古来、男は自分の妻のことを、その「かみ」に「さん」をつけて「かみさん」と言い、さらに「お」をつけて「おかみさん」とも言いました。すなわち、妻は大変ありがたい太陽のような存在だったのです。

 一方、子ども達は母親のことを、太陽の擬態語である「かか」に「さま」をつけて「かかさま」と呼びました。それが「おかあさん」の語源だそうです。つまり、子どもにとっても、母親は太陽だったのです。

 これに対して、「おとうさん」の語原は「尊い」という言葉だったそうです。妻であり、子どもにとっては母である太陽を養い守り、大切にしてくれる尊い人という意味です。それが「ととさま」であり、「おとうさん」となりました。

 日本人は、明るく輝き、温かな恵みを与えてくれる太陽を神として崇めるとともに、家庭の中の太陽である妻や母親を大切にしてきたのです。そればかりか、国名や国旗の象徴までもが太陽です。そういう日本を、私は誇りにすら思っています。

では、その太陽がなくなったら一体どうなるでしょう。言うまでもなく暗くなるし、寒くなります。もちろん、動物も植物も死んでしまいます。それと同様に、幼い頃、母親の留守中に帰宅した時の「家の中に生気がない、暗くて肌寒い感覚」は、恐らく誰にも身に覚えがあるはずです。

 フランスの絵本「ママがいっちゃった・・・」 (ルネ・ギシュ−/文、オリヴィエ・タレック/絵、石津ちひろ/訳、あすなろ書房 )にも、ママ熊がいなくなってから、家の中でも「なんだかさむい」、氷の彫刻のように「うごけなくなっちゃった」と書いてあります。さらに、絶望の中で起き上がる力すらなくなった小熊が、パパ熊の泣きそうな顔を見て思わず叫んだ言葉は「ママ−!」だったと書いてあるのです。すなわち、日本だけではなく、世界中の子どもにとって母親は、やはり 「家族の太陽」なのです。

 しかし、最近の日本はどうでしょう。母親は「家族の太陽」でしょうか? 父親は、その「家族の太陽」を守り大切にする尊い人でしょうか?

 例えば、乳幼児虐待の相談は年間3万件を上回っています。離婚件数は年間27万組を超え、しかも離婚する半分以上の夫婦には既に子どもがいるそうです。色々な事情もあるのでしょうが、子どものことを考えると、決して喜ばしい数字ではありません。

親になるということは、母親、父親 になるということです。 日常的に使われている「おかあさん」や「おとうさん」の意味を誰もが知り、かつ意味どおりに親自らが実践する―。それを子ども達が肌で実感できるような家庭こそ、私は大事だと思うのです。

 そうすれば、女の子は将来、太陽のような妻や母親になり、男の子も彼女らを何よりも大切にする尊い夫や父親になるのではないでしょうか。

 
「絵本フォーラム」50号・2007.01.10

鈴木一作氏のリレーエッセイ(絵本フォーラム27号より)一日半歩

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