たましいをゆさぶる子どもの本の世界

 

「絵本フォーラム」第129号・2020.03.10
●●118

単純明快な大傑作。
つみかさねばなし・繰り返しのリズムに、描かない存在感も。

 

ウクライナ民話『てぶくろ』

(福音館書店)

 

てぶjくろ 異常気象で日本の四季がおかしくなった。この冬も異様な暖かさで、寒さの冬があたりまえの地方では人びとの日常の暮らしをひどく困らせている。そんな暖冬でも立春がすぎて強い寒波がおそう。日めくりのように繰り返す寒暖差にもからだは翻弄されるが、早朝5時の散歩を、ぼくは欠かさない。

 夜明け前の散歩道は暗く寒い。ダウンを着こみニット帽をかぶる。手袋も……。戦後の混乱期に育った少年期、ぼくは南九州に育った。真冬でもセーター1枚に裸足で遊びまわったころを偲ぶと冷笑するしかない。なさけない恰好ではないか。

 手袋にはなつかしい想いがある。窪田聡作詞・作曲の「母さんの唄」を、編み物好きの母がよく口ずさんでいたからだ。 <かあさんが よなべをして てぶくろ あんでくれた……>、この唄の音曲と詞はうらがなしくも叙情味あふれ、母につられてぼくも歌うようになった。昭和も30年代半ば、ぼくが14、15歳のころだ。のちに家を離れて高校の学寮で過ごしはじめたとき、ぼくは母が編んでくれたセーターや手袋の暖かさをしみじみと知る。

 で、手袋のはなし。齢を重ねたせいか手足がひどくしびれ指先は冷える。だから、手袋のあたたかさはありがたい。もともと厳寒の地では手袋はなくてはならぬ必需の品であった。

  永く子どもたちに語りつづけられる絵本にシベリア生まれの画家E・М・ラチョフがウクライナ民話を絵本化した傑作、『てぶくろ』がある。物語は素朴で単純明快。登場するのは、おじいさんとこいぬに7匹の動物たち。そして、主人公の手袋だ。面白いことにおじいさんとこいぬは語りのなかでしか出てこない舞台裏の登場者だ。 物語はこいぬを連れて散策するおじいさんがその途上、手袋の片方を落としてしまう。

 手袋は親指部分と4本指が分かれた大きなミトンの手袋で、そこに、ねずみ、かえる、うさぎ、きつね、おおかみ、いのしし、くまの7匹が順に住みつくというおはなしである。動物たちは1匹、2匹とふえるたびに枝木をあつめて手袋を住まいに造作して梯子をかけて高床式のような住まいに……。まぁ、とても入りきれない動物7匹を収容しようとするのだから、無茶で奇想天外なおはなしなのである。だけれど、同じ問答を繰り返して住人が増えてゆくテキストのリズムはなかなか快適で、つぎはどんな動物がやってくるかと期待をつのらせる。くいしんぼ、ぴょんぴょん、はやあし、おしゃれ、はいいろ、きばもち、のっそりと7匹の動物たちにそれらしい似合いの形容句がついているのも面白い。

 異種多様な動物たちが争うことなくなかよく同居するありようはどうだろう。現在のぼくら大人になにがしかの示唆を与えているのではないか。
(おび・ただす)

『てぶくろ』
ウクライナ民話
エウゲニー・M・ラチョフ/え
うちだ りさこ/やく 
(福音館書店)

 

 

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