遠い世界への窓

東京大学教養学部非常勤講師
絵本翻訳者

新連載

遠い世界への窓

第17回の絵本

『ゴミにすむ魚たち』


ゴミにすむ魚たち 私は山の中で育ったので、海には強い憧れと恐怖があります。小学校の修学旅行は海水浴でした。きっと昔は、海を見たことがない子がたくさんいたからでしょう。今でも海沿いの町や電車は、海に落ちてしまいそうな気がして、少し苦手です。

  でも、『ゴミにすむ魚たち』の作者で写真家の大塚幸彦さんがあとがきに書いているように、地球の七割が海であるなら、私たちが世界中を飛び回ったとしても、それはまさに氷山の一角のようなもの。地球の本当の主役は、海にすむ生き物たちなのかもしれません。

  大塚さんが主に伊豆の海で写した水中写真には、色鮮やかな魚たちがつぎからつぎへと登場します。絵本の表紙にもなっている黄金色のミジンベニハゼ、白と黒のストライプでスリムなミニうなぎみたいなニジギンポ、べっこう色と黒がつややかなカサゴや、「コワオモテ」のウツボ。そのどれもが、人間の住む陸から海に流れていった「ゴミ」を上手に利用して暮らしています。空き缶の中に身を隠してひょっこり頭を出したり、こちらをのぞいたりしている魚たちのなんと愛らしいこと! 水草や藻がからんで海底の一部になったような缶やビン、欠けた器は、魚たちが身を隠したり子育てしたりするための格好の隠れ家なのです。まるで「人間たち、ありがとうね」と言ってくれているみたいで、ちょっぴりうれしくなります。

  でも、海の生き物たちにとっての「ゴミ」が、そんな都合の良いことばかりではないのは、今日私たちの誰もが良く知っている通りです。海のなかで大塚さんは、ゴミに囚われて死んでいく魚たちにも数多く遭遇しています。そんな魚たちの姿はこの写真絵本には、たった2枚しか収められていません。だからこそ、本を閉じたあともその姿が何度もよみがえり、深刻な事態を深く考えさせるのかもしれません。

 昨年は、これまでと比べものにならないほどの猛暑や威力を増した台風が、日本にも襲いかかってきました。私たち人間が少しずつ、でも確実に引き起こしてきたことが、私たちの住む世界を間違いなく変えてしまっていることを突き付けられた気がします。海洋プラスチックの問題が、私たちの台所や日々の暮らしと直結していることや、日本の取り組みがヨーロッパやアジア、アフリカ諸国と比べて遅れていることを改めて知ったという人も多かったと思います(私もその一人でした)。

  大塚さんは、「ぼくの写真は、広大な海のほんの一部を切り取ったものにすぎません」「写真を見てもらうことで、『眉間にしわを寄せて環境問題を話し合う前に、自分たちのまわりにある、身近な海の中をのぞいてみようよ』と、言いたいのです」とつづっています。海の底深くもぐる大塚さんの姿は、まるで不思議な海の生き物のよう。潜水服に身を包み、大きな酸素ボンベを背負って、両肩のうえには海中写真撮影の光源を確保するための大きなライトを装着しています。そうして海の底にしっかりと両足を踏ん張ってしゃがみこみ(よく分からないけど、浮かないようにするって大変なんじゃないかな?)、被写体にカメラを向ける様子はなんとも強烈です。

  写真絵本にはめずらしく、10ページ以上にわたって作者のことばが続きますが、飽きることなく、すんなりと耳を傾けてしまうのは、大塚さんが自ら泳いで海にもぐり、実際に目にして肌で感じたことをていねいに言葉にしてくれているからでしょう。

  人間の作り出したものが海に流れ込むと、「ずっとそこに残ってしまい」、「くさらない」ということ、それはすなわち、生き物の生死や、腐敗と生育といった「命の循環」に加わることができないばかりか、妨げにしかならないことを改めて考えさせられます。海に流れ出たゴミは、私たちの社会の姿そのものなのでしょう。
(まえだ・きみえ)


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