遠い世界への窓

東京大学教養学部非常勤講師
絵本翻訳者

新連載

遠い世界への窓

第14回の絵本

『島――よくある物語』


「これまでに、こんなに恐ろしい絵本を読んだことがない」と思った。どうして、そんなにも恐ろしいのか。それはきっと、この物語に出てくる人たちがみな、わたしに似ているからだろう。彼らの醜さ、愚かしさ、残酷さ、身勝手さ――そのどれもこれもに対して、「これは、わたしだ。彼らはわたしに違いない」と感じる。そして、その強迫観念が、ぬぐってもぬぐっても頭から消えないのだ。

      *   *   *

島ーよくある物語 物語の舞台は、絵本のタイトルの通り、「島」である。島は黒い。海も黒い。物語は、まるで木炭で描かれたかのようなモノクロである。絶海の孤島というほどでもないが、決して大きな島ではない。島全体がひとつの村といった感じだ。その島に、一人の男が流れ着く。男は小舟に乗って流されてきたせいか、服を着ておらず、何も持っていなかった。

 島はすぐさま騒然となる。「男は、島民たちとは似ても似つかない姿をしていた」という一文は、いくつもの意味で滑稽だ。ちんまりと浜辺に立つ男は、小柄でなで肩の優しい顔立ちだ。一方、手に手に熊手や鍬を構えて男を追い立てようとする島の男たちは、みな腕っ節の強そうな大男で、男を恐れる理由などあるようには見えない。そして、もちろん、どちらもモンスターなどではない、同じ姿の人間である。

 どこからやって来たとも知れない素っ裸の男に、何かを恵んでやる道理もないだろう。そいつはただ、海から流れ着いただけの輩なのだから、また、海に帰ればいいじゃないか。そうして村人たちは、男を波間に突き返そうとする。海の怖さを知る漁師の進言で、男が島にとどまることをしぶしぶ認めて「受けいれた」ものの、彼らがしたことと言ったら、使われていないヤギ小屋に男を押し込め、「小屋の扉という扉を釘付けにして」ふさいだことだけだった。

 ほっと胸をなでおろしたのも束の間、実は、男は、とんでもなく恐ろしい男だったのだ! 扉をふさいだ小屋から出てきて、村をうろつき回る(食べるものがないから腹がへったのだ)。あろうことか、真夜中にさえ出没する(ただし、村人たちの夢の中に!)。手で肉を喰う(おそらくナイフやフォークをもらえなかったのだろう)。そして、肉の骨までしゃぶりつくす(食事が十分ではないのだろう)。「恐ろしいよそ者が島民の恐怖心をあおっている」ことは、やがて新聞でも報じられるようになる。

 そうだ、島は今、「危険な状況だ、手遅れにならないうちになんとかせねばもう限界......」。そうして島民たちは、ふたたび手に手に農具をもって、ヤギ小屋に突進していく。

      *   *   *

 この絵本の原書は、ドイツで刊行された。小舟で『島』にたどり着く男は、ボートで地中海をわたって欧州にたどり着く、何百万人もの人々をありありと想い起こさせる。そして、それを迎える人々、受け入れるか否かで大きく揺れる人々の姿も。

  期せずして、この絵本を多くの人たちと読む機会にめぐまれた。黒い画面の後ろに見え隠れする、告発的な黄色、病的な青、そして、炎の赤。この「島」を見た人たちはみな、語らずにはいられなくなるようだ。「まるまると太った島の人々。この島には食べ物が豊富にあるだろうに、なぜ男に分けてやることができないのか?」、「流れ着いた男には、自らを処していく意思はないのか?」、「この島の人々が守りたかったものは何だったのだろう?」

      *   *   *

 たくさんの人たちが自問自答する言葉に、私自身、深くうなずいた。この黒い「島」は、わたしたちの「島」でもあるのだろう。

(まえだ・きみえ)


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